結局、不動産屋も一件のみで楓は帰宅した。

部屋に入るなり、ベッドに倒れ込む。
うつ伏せのまま、顔を玄関に向け、ぼんやりと回想する。


『オレはどんな楓でも、好きだ』


今まで誰かと付き合ったことなどない。

それは、“男性恐怖症”に似た傾向が自分にあるためだと思ってきた。
けれど、誰かを好きになって、一緒に居られたら……と淡い想いをしていた時期だってある。

それでも、結局19の今まで、一度もそういう経験をせずにきた。


「ケンが、私を――?」


いつからだろう? なぜ自分なんかを。

経験値がゼロの楓は、ぐるぐると色々な考えを巡らせる。


(大体、私がケンにカミングアウトしたのは昨日のことなのに……まさか昨日から好きになったとかなわけじゃないだろうし。だったら“男”でも、よかったとも取れるんだけど……)


ケンの顔と、言葉をまた思い返す。

“どんな”自分も“好き”と言ってくれた。
それはきっと、そのままの意味だと楓は思う。

性格の真っ直ぐなケンの言ったことに、深い意味を考えたり追求したりなんて無駄だ。

――――成宮楓でも、シュウでも、名前なんかどうでもよくて。
きっとただ、自分のことを好いてくれているのだ。


ごろんと仰向けになった楓はシーリングライトに菫を思い浮かべた。

――色が白くて、物腰の柔らかな話し方。
笑った顔が、母にそっくりだった。

そして、その母に似た菫が言っていたこと。


「星見さん……堂本さんの、お父さん……」


星見と桜の関係が、やはり気にならずにはいられなかった。

聞きやすい間柄であろうはずの桜はもういない。
ともすれば――――


「……弁護士、って言ってたよね……」


楓のその独り言が、静かな部屋にぽつりと聞こえた。