「言ってなかったけど、おれも同じような環境にいるしな。自慢じゃないが、そのくらいの余裕はある」
「そ、そんなのだめよ!」
「おれが勝手にするだけだから、あとはそれを使うか使わないかは菫が自由にすればいい。あとで返したいって言うんならそれでもいい。その直との時間てのは今だけだってこと、忘れるな」


菫は口を開けたまま言葉が出ない。
堂本は自分の想いと、今のお互いの状況を受け入れたためか、吹っ切れた顔をしている。

テーブルの上にあった手を膝の上に揃えて置くと、菫はゆっくりとお辞儀をした。
そして頭を下げたまま言う。


「……直が大きくなったら、時間が掛かるかもしれないけど、返すから……!」


一向に上がらない頭のてっぺんを見ながら堂本は返す。


「おれが、もう我慢しないって決めてすることだから…………いや、口実かな」
「え……?」
「菫と、繋がってたいから」


そのときの堂本の笑顔は、楓やレンが見てきたような、どこか 哀愁を帯びたものではなく――ものすごくあたたかな笑顔。

二人の間を流れる空気は、もう悲しいものは感じなくて……ただ、清々しい、希望に満ちているような穏やかなものだった。


「あ、そういえば……」
「なんだ?」


菫が思い出したように宙を見て言った。
そして聞き返す堂本に目線を戻して続ける。


「あの子。楓ちゃんて、由樹、知り合いなのよね? じゃあまた、わたしも会えるかな?」
「楓に? なんでまた……」
「由樹も初め、驚いたんじゃない? わたしに似てるから」
「……かなり」
「ふふ。でしょう? さっきわたしもそうだったし。似てて当然よね。従姉妹なら」
「い、と……こ?」


せっかく落ち着いた堂本は、再び驚き、動きが止まる。

『いったいどういうことか』という顔をしているから、菫が簡単に説明した。


「いきなりわけわからないよね。楓ちゃんのお母さん、桜さんと、わたしの――“一応”元母、紅葉が姉妹らしいから……星見さんから聞かなかった?」
「親父?」
「え……あ、うん……元々そのあたりの繋がりから、わたしに声を掛けてきたみたいだし」

(そういや、『知り合いに似てて』っつってたか……!)


堂本はその不思議なつながりになんとも言えずに、ただそのまま座っている。

コーヒーはとっくに冷たくなっていた。