一緒に暮らしていたのなんて、たった1年。
それでも、ひとつ屋根の下で暮らしていた1年は、お互いのことを知るには十分な時間だった。
だから堂本は菫に惹かれたまま――そして、菫は堂本を怖いとは感じない。
「バカ。何年経ってると思ってんだ? 傷心につけ込んで襲うかもしんねぇぞ」
「――――由樹が家を出るときに、そうしてもらえばよかった」
「ふふっ」っと声に出して笑う菫は、冗談を言ってる訳じゃないのは堂本にもわかる。
それでも堂本が、自分の手の中にある菫の手を引っ張れない理由(わけ)。
それを口にしたのは菫。
「――でも……直を一番に考えたいのも事実だから」
「……娘の名前、か」
菫は無言でこくりと頷く。
堂本は、昔掴めなかった手を、今ようやく掴んだかと思えばまた離す。
娘の直は9歳と言っていた。
会ってもいないし、どんな子どもが聞いてもいない。けれどその年齢だと、大体のことを理解し、感じる年頃になってきているだろう。
急に現れた男が母親の手を取り……しかもそいつは、血の繋がりはないとはいえ、弟だと知れば、なかなか素直に喜ばれないことになりそうだ。
まして堂本は子どもに堂々と言えるような仕事ではない。
そんな自分と菫の状況を考え、しばらく黙る。
そして重い口を再び開いた堂本の言葉に、菫は唖然とした。
「もう10年以上になるんだ。それでもあいにく、おれの心は変わらないようだ。だから、ずっと待つことにする……今度は逃げずにな」
目を大きくしたままの菫を見る堂本の瞳は真剣。
そして優しい表情だった。
「まぁ……だから、なんだ。その、直ってやつのことだけ、考えてりゃいいさ」
「よ、由樹――?」
「菫が今のままがいいって言うんなら、仕事に口出しはしねぇけど。夜、どうしてんのか知んねぇけど心配なんだろ? 普通に昼間の仕事、見つけろよ」
堂本が何を意味したことを言っているのかは、なんとなく菫にはわかった。
直との時間を一番に考えたい、と菫は言った。
だから堂本は、それを叶えるために、自分が手助けすると提案しているのだ。
今はそれくらいしか出来ないし、それで菫とその娘の直の笑顔が増えるなら――と。