家を出てから、一番衝撃的な言葉だ。
過去、まさか洋人(父)が女の影によって離婚するとは思ってもみなかった、というのが今までの人生の中で衝撃的なことだったが。
今回はそれに負けず劣らず度肝を抜かれた。
無言で向かいの菫を見る。
そしてチラッと確認したのは、カップに添えてる菫の手。
菫の左手の指には、一切指輪ははめられていない。
「……結婚、してないのか?」
「うん……結婚は一度も」
「子ども……ってのは、その……」
「今、身籠ってるわけじゃないの。娘なんだけど、9歳になったわ」
「きゅ、9……」
「……21のときの子」
心のどこかでは覚悟していた。
もしかしたら――いや、きっと、自分の知らない男と幸せに暮らしている。
そして、子どもを産んで、女としても母としても充実した生活を送っているかもしれない、と。
けれど、まさか未婚の母になっているなんて、誰が想像出来ただろう。
ただただ驚きの連続に、煙草の長い灰にも気がつかない。
菫が灰皿を差し出して初めて気付くと、ほとんど吸っていない煙草を灰皿に押し付けた。
「きっと由樹には想像出来ないわたしでしょう?」
「……なんで……っ」
『幸せになってないんだよ』
自分の出る幕がないくらいに――幸せに笑ってくれていたなら。
そうしたらこの想いを清算して、いちから生きていけると思っていた。
堂本は軽く拳をテーブルに落とす。
ガタッとカップが音を立てた。
俯き動かない堂本に、菫は笑って言う。
「自分が悪いの。でも娘が居ることは一度も気が引けたこともないし、かけがえのない宝物だと思ってる。
……直(なお)は違うかもしれないけど」
顔を上げて見た菫の笑顔は、無理をしているように見える。
「あー……だめだ。……ったく、んなツラして笑ってんじゃねぇよ」
テーブルの菫の手を上から握って堂本が言った。
菫は、びくっと一度震えたが、堂本の手を跳ね除けたりはしなかった。
「振りほどかないのかよ」
急にギラついた瞳(め)で菫を見る。
そんな堂本に怯えることもなく、むしろ受け入れているかのような儚げな微笑みを返す。
「由樹は優しいから、怖くない」