「よかったの……?」


楓とケンが居なくなったカフェで立ちつくす堂本に、菫は問い掛ける。

出口を向いたまま、「ああ」と短く答えた堂本は、先程まで楓が座っていた椅子に腰を降ろした。

菫もそんな堂本を見て、元の位置に座る。


「……なんか、変な感じ」
「なにが」
「由樹とまた、こうやって話せると思ってなかったから」


嬉しそうに笑う、自分の姉を見て胸を打つことに堂本はひどく動揺する。
それを悟られないように、平静を装うと、心を落ち着けるために煙草を取り出す。

その間、店員がやってきて、堂本の顔をうかがって菫はコーヒーを2つ注文した。

その少しの時間で、多少気持ちを立て直した堂本が口を開く。


「……おれも。まーおれの力じゃなく、親父のおせっかいで、だけどな」


長い足を組み、煙草を持つ手でテーブルに頬杖をつくと、歩道側に顔を向けて笑った。

堂本の横顔をじっと見て、菫は話す。


「びっくりしたわ。職場に来た弁護士が、まさか由樹のお父さんだなんて」
「はは。変なこと、されなかったか?」
「まさか! でも、初めの視線はちょっと怖かったけど」
「だろうな。親父から聞いた。職場って……」
「……スナックで働いてる。もう7年になるかな」


堂本は運ばれてきた、湯気が立ち上るコーヒーをゆっくりと口に含む。
カチャリ、とソーサーにカップを戻し、手元を見たまま、内心恐る恐る問う。


「なんで……。あれから、どうしてたんだ? 家は――」
「由樹が家を出た1年後に、わたしも家を出たの……」


『スナックで働いてる』と知ってから、恐らく家は出て暮らしているのだろうとは予想していた。
でもまさかそれが、自分が家を出てから1年――――菫が二十歳という、だいぶ前からなんて思っていなかった。

驚いた堂本は、何も言えずに菫を凝視していた。

その視線から逃れるように、今度は菫が目の前に置いてあるカップの中身に視線を落として、やけに落ち着いた声色で続けた。


「初めは一般企業の事務を派遣で雇って貰ってたけど、色々あって……それからやっぱりこのご時世希望の条件の働き口が見つからなくて。
どうしても、お金が必要だから……」
「金?」


怪訝そうな顔をして、聞き返す。
“まさか借金か――”とも思ったが、すぐに次の菫の言葉でそうではないということがわかる。


「……子どもがいるから」