「……私、昨日、ケンにもお願いしたよね」
俯いた楓が言う『お願い』とは、昨日の朝アパートで圭輔と鉢合わせし、嘘を告白したときの最後に頭を下げたときのこと。
「『もう少し、働きたいから黙ってて』って……その理由は――」
「堂本さんだろ?」
言いにくかった言葉の先を、ケンに取られる。
そのことにびっくりした楓は、ケンの顔を見た。
ケンは下手な笑顔を浮かべて言う。
「短期間かもしれないけど、オレ、楓と過ごす時間長かったんだぜ? それくらい、結構前から気付いてた」
『結構前から』と言われた楓は、また俯いて顔を赤くした。
黒いアスファルトを見たままぼそりと返す。
「叶う、なんて思ってない……ただ、最後まで見ないと、諦められない気がした」
他人に心を曝け出すと、どうしてか涙腺が緩みがちになる。
瞬きをすると、そこから涙が落ちてしまいそうで、懸命にそれを堪える。
体温が上がっていて気がつかなかったが、自分の手からまた別の熱さを感じて、ふと視線を向ける。
自ら取った手ではあるが、未だにケンと楓の手は繋がったままだった。
「あ! 手、ごめ……」
この場をどうにかしたい気持ちもあって、楓はわざと明るい声で言って手を離そうとした。
「――――オレはこのままでもいい」
すると、一度離れた楓の手を、今度はケンから掴みに行った。
「け、ケン……?」
「オレばっか、楓の気持ち聞いてワリィ。だから、オレの気持ちも言うよ」
「ケンの、気持ち……?」
再び繋がれた手から、腕に沿って視線を上げる。
ケンの顔まで辿り着くと、いつもみせる人懐こい笑顔ではなかった。
真剣な、惹きこまれそうな……男の顔だ。
一度目を合わせてしまうと、その純粋さが表れているケンの瞳から逸らすことが出来ない。
ただ、楓はケンを見つめ、そしてケンも楓を正面から見ていた。
さっきとは違う緊張で、熱い血液が全身を巡る。
じっとりと手に汗をかきはじめたときに、ケンがぎゅっとその手を引きよせた。
「オレはどんな楓でも、好きだ」