楓はケンに不動産巡りに付き合ってもらっていた。

仕事はまだだが、初めての一人暮らしに相場が全く分からない。
だから、つい最近部屋を借りたケンに付き合って貰って下調べをしようとしていた。


「結構高いんだよね?」
「あー。オレもそろそろ仕事、ちゃんと探さねーとなぁ。とりあえず今んとこの他にバイトは決まったんだけど。しばらく掛け持ちかな」
「え?! いつの間に!」
「だって、ホストなんて食っていけねーもん」
「……ケンて、ほんと、真面目だよね。いい旦那さんになりそう」
「だっ! 旦那って!!」


一人赤面するケンを、楓は不思議そうに見る。

ひとつ咳払いをして、冷静になったケンは赤信号で足を止めた。


「真面目なのが取り柄だからな」
「あ。前向き」
「……楓がいたからそう思えるようになった」
「え? 私?」


きょとんとして楓が聞き返す。

何も気づいていないような楓を見て、ケンは「ふー」っと息を吐いて力を抜く。
そんな仕草のひとつひとつの意味がさっぱりわからない楓は、頭にいくつも疑問符を浮かべた。

そのうち青信号になって、二人は歩き出す。

横断歩道を渡り終える頃、ケンが話題を変えて話しかける。


「お前、眠くないの?」
「うん。大丈夫。ごめんね、付き合わせて……」
「や、オレは別に! 出来ることしかしねぇから」
「ふふ、ありがと」


気持ちいい空気と陽射しの元、歩いていると、楓だけがピタリと足を突然止めた。

ケンが隣に楓が付いてきていないことに気がついて振り向くと、一件のカフェテラス前で立っている。

ケンは楓の視線の先を辿ってみる。

すると、一席だけ客が入っていて、その女性を見ているようだ。

楓はそのまま動かないので、ケンは楓の元に戻った。


「? 楓、どうし――……」


近くまで来て、ケンは驚いた。

楓と視線を合わせている、その女性の顔。
生き写し、までとは言わないが、楓に似ているのだ。

そして横から楓の小さな独り言が聞こえてきた。


「おかあ、さん……?」