何度目か、楓ももう忘れてしまった。

堂本の車の後部座席。
堂本らしく、車内には余計なものは一切ない。

ふかふかのシートに腰を沈めて、ルームミラーに映る堂本の顔を盗み見る。

流れる景色がいつもと違う、と気が付いたときに、堂本から切り出した。


「あの部屋、しばらく使って構わないから。生活立て直すまで好きにしろ」


その言葉に前を向くと、どうやら外を見ているうちに、堂本はミラー越しに楓をずっと見ていたようだ。
その視線と、言われたことに、楓は目を丸くした。

しかしすぐに、きゅ、と手を膝に握り、堂本と向き合った。


「……ありがとうございます」
「ま、お前ならすぐにどっか決ま、」
「でも」


言葉を遮られた堂本は、赤信号で急ブレーキを掛けてしまう。
そして、ミラー越しにしか見ていなかった楓を、振り返って直接目を合わせた。


「次の場所を見つける前に、したいことがあるんです」


そう言い切る楓は、本来の強さを感じさせる。
その姿に重なるのは、やはり――……。


「好きなんです」


まるで菫に言われたかのような錯覚。
そのため、堂本の思考は完全に停止する。

青信号になってもなお、それに二人は気がつかずに、視線を交錯させていた。
遅い時間のために後続車はおろか、周りに車も人も見当たらない。

そんな状況は、なおさら二人だけの世界を感じさせた。

しばらく止まった時間の中で見つめ合うと、楓が先に口を開いた。


「……でも、この気持ちが叶わないと、知っています。それでも、ここまでの想いは初めてで……どうしても伝えたかったんです。それと同時に、どんどん知りたくなってきたんです」


告白を続けた楓に、その気持ちは本当のものだとわかった堂本は今の状況を素直に受け止める。


「……悪い」
「いえ……堂本さんが謝ることは、なにも――」
「『知りたい』って言うのは?」


楓は暗闇の窓に映る自分を一度見る。

そして自分の目と目が合って、覚悟を決めると、再び堂本に向き直した。

楓の小さな唇が発音する名前――――。


「菫さん……堂本さんの、お姉さんのことを――」