「――はい」


名前を呼ばれただけなのに。

ドクンと心臓が跳ね上がり、そして一気に緊張する。
周りに圭輔たちがいることも忘れて、楓には堂本しか目に入らない。

そして申し訳なさと感謝の想いで、一筋の雫が楓の頬を伝った。


「今も言ったが、誓約書(あれ)はただの紙だ。でも、あいつには充分効力はあると思う。
お前がおれに任せてくれて、勝手にこんなふうにしたけど、よかったか? 違うやり方を望んでたか?」


楓は瞬きもせず、もう一粒の涙が落ちるのと同時に、ゆっくりと首を横に振る。


「何が一番だったのか、自分でも……わかりません。でも、私には圭輔がいるし、ケンもレンさんも――堂本さんも居てくれたから。もう怖いとは思いません」


逞しくなった楓を見て、堂本は「そうか」と答えると、がしがしと楓の頭を撫でた。

その手はまるで本当の父親のようで。
楓は褒められた子どものように、嬉しい感情が湧く。

自分を力強い眼差しで見上げる楓に、堂本はぼそっと言う。


「弱いのはおれの方だな」


楓の耳に辛うじて聞き取れる程の声だった。

「え?」と小さく聞き返すが、そんな楓をあの寂しそうな笑顔でさらりとかわす。


「さて。レンは遠藤に報告して雑務頼むな。おれはちょっと野暮用あるから」
「はい」


レンは相変わらず堂本には従順な様子を見せ、その場から去っていった。


「オレも準備しに行かなきゃな。間に合わなくなる」
「ケンはそれより病院でしょ?!」
「いやいや。なんのこれしき、大丈夫だ」
「ちょ、ちょっと!」


ケンが自分の脇腹を抑えながら、無理に作った笑顔でレンの後を追う。
楓はそんなケンに「何考えてるの!」と言いながら、追いかけて行ってしまった。

その場に残されたのは堂本と圭輔。

圭輔が3人の姿の方を目を細めながら見て、堂本に問う。


「あなたはどうして姉ちゃんに、そんなに親身になってくれるんですか……もしかして――」


突然の圭輔の言うことに、堂本は片眉を上げて、目を丸くした。