「ああ。“コレ”ね! うっかり落とし忘れたわ。メイクよ。よく出来てるでしょ?」
「め、メイク……?」
可笑しそうに笑って言う絵理奈を、理解出来ない、と、瑠璃が呟く。
「じゃあ、全部、嘘か」
「そう。DVなんて、本当にされたらすぐにパパに言うわよ」
「そこまでして、あいつの味方に……」
「だから、そういうんじゃないって言ってるじゃない! ただ、面白そうだったからちょっと参加しただけ」
絵理奈は一度もケンの目を見なかった。
反対に、ケンはずっと目を逸らさずに絵理奈を見ていた。
その視線に耐えられなくなった絵理奈が早口で言う。
「シュウの父親って男も、もうシュウのとこにいるかもしれない。なんか危ないんでしょ? 早く行ったら?」
ケンは軽くスーツの埃をほろうと、絵理奈の横に歩いて並んだ。
そして真横に立ったときに静かに言う。
「サンキュ」
その後は、物凄い早さでそこから駆けだして行った。
残された絵理奈と瑠璃は、しばらくケンが走っていった方向を黙って見つめていた。
先に沈黙を破ったのは絵理奈。
「あんた、誰?」
「あ、私、シュウの……」
「シュウの、客ねぇ」
瑠璃は立ちあがって絵理奈の背中に向き合う。
絵理奈は動かずに、後ろを向いたままだ。
「あの……シュウのお父さんが、なんとかって……」
「――あなた、嘘、つかれてたのよ」
「え?」
髪をかきあげながら、絵理奈は瑠璃に言った。
「シュウは、女よ」
その言葉に瑠璃は驚いて戸惑う。
しかしすぐに絵理奈の言うことを受け止めて、絵理奈の背中に向かって言う。
「――誰だって、嘘のひとつやふたつ、つくことあるんじゃない? あなただってそうでしょう?」
瑠璃は綺麗な絵理奈のパンプスに視線を落とす。
明るく鮮やかなピンク色に、おそらく先ほどのゴミ捨て場でこすった新しい傷と汚れがその靴にはついていた。
「必死になって、彼を助けたのに。彼を突き放すために嘘、ついたでしょ」
その言葉と瑠璃の視線で、絵理奈は初めて自分のお気に入りのパンプスが汚れていることに気がついた。