「君の今の母親――孝子(たかこ)は私の元妻だった。きっと堂本が君に紹介した時には星見の姓を名乗っていなかった。だから、私が由樹の父だなんて、名前だけじゃわからなかったんだろう?」
菫は大きな目をさらに大きくして、洋人の話を聞くと、すぐに口を開いた。
「お父さんが、相談相手であるあなたの奥さんを奪ったってこと?!」
ずっと優しかった父。
実の母・紅葉のさまざまな虐待から守り、ついにはそれが原因で離婚を決断。そして男手一つででも育てようと、迷いなく決意してくれた。
離婚が成立して父子家庭になってから、約二年後に縁があって今の母・孝子と再婚した。
それから、父も義母も優しく自分を育ててくれたけれど――家を出た。
両親はなにも非はない。
ただ、自分が決めたこと。
「いやいや。そうじゃない。確かにお互い家庭を持っているときに知り合ったのは事実だが。でも、あの二人がそうなったのはきちんと法的にも心情的にも区切りをつけてから、だ」
「……お父さんに用があるからわたしに近付いたわけでもない、ってこと?」
「その言い方は、私が君のお父さんを恨んでるって言いたいのかい?」
「……」
心底面白そうに菫の顔色を窺って洋人は笑う。
反対に菫はそんな洋人に、気まずい思いで言葉に詰まる。
「……この歳になるとね。自分のことより子どものことが気になるんだよ」
「――――由、樹……?」
「君が由樹の姉だとわかってしまったら……ちょっと、話くらい聞いてみたいと思ったわけだ。
今の由樹は、どんなやつになった? 知ってるかい?」
その洋人の質問に、菫は一瞬顔を上げたが、じょじょに俯いた。
そして、洋人の視線からは菫の目が前髪に遮られて見えず、口角が上がった口元しか映らなかった。
その笑みを浮かべた口が小さく開く。
「――すみません……知らないんです」
この上なく、寂しそうな声で――。