目の前の50前後に見える男。
その男が、自分の背景をなぜか知っている。
菫は一気に恐怖に満ちた瞳になると、洋人は慌てて誤解を解こうとする。
「怖がらないでくれ。私が君に近づいたのは、君自身をどうこうしたいからとかではないんだ」
洋人の落ち着いた表情と声色の中、真剣さが菫には感じられた。
それなりに今の仕事で色々な人間を見てきているからか、菫にも観察力が備わっている。
洋人の目的までは読めないが、悪いことはされなさそうだと考える。
そして同時に、星見洋人という人間が、なぜ、自分の母の旧姓を知っていて、何を聞きだしたいのか興味が湧いた。
「――わかりました。でも、その前に、わたしもいいですか?」
菫の質問に、洋人はただ黙って一度、頷いた。
菫は洋人の顔を、じっと見て問う。
「その、“成宮桜”さんとわたしの母――“川合紅葉(もみじ)はどういう関係なんですか?」
「……君は、本当に知らないんだ?」
「……正直、母の顔ももううろ覚えです」
驚いた顔の洋人に答えた菫は、無表情だった。
別に、母親の情報が小さなことでも構わないから欲しい、とかそういうことではないのだと、すぐにわかる。
「母と関係のあるその、“成宮桜”さん……あなたとなにかあるんですか?」
その質問に、洋人は菫から視線を外し、どこか遠くを見るように懐かしむような感じで言った。
「成宮桜――旧姓、川合桜。姉妹だよ。そして、桜さんは私の過去の依頼人(クライアント)でね……君の父、堂本守(まもる)氏の紹介だった」
「父が……⁈」
「ちなみに堂本守も、別件で私にあることを依頼してきていた。だから私は君の子どもの頃を少し知っている。それに――」
洋人が視線を菫に戻すと、菫は洋人の顔を見て、その続きの言葉を予測して言う。
「“由樹の父親”――――」
瞬きもせず、菫が言ったことに洋人は多少驚くが、おそらく自分と似ている部分があるのだろうと思い、小さく笑った。
「そんなに、似ているかい?」
「……多分」
「はは。『多分』か! あまりに似すぎていて、そう言ったんじゃないのかい?」
洋人は目尻にしわを作ると、穏やかに話す。