「この間、偶然会った女性が居たんだ」


男が堂本をしっかりと見ながら言った。

その目だけを見つめていると、まるで鏡でも見ているような錯覚に陥りそうになる。


「その女性が、昔、知っている人にあまりに似ていて――声を掛けた」


堂本は、男が言わんとしていることが分からずに、眉根にしわを寄せたまま黙って続きを待つ。


「本人でないことは、若さでわかったけど、他人の空似にしては似過ぎてた。それで俺の知る名前を出して聞いてみたけど……『知らない』と返って来て――」
「ほんとにあんた、弁護士やってんの? 全然わかんねーんだけど」


さっきまで、多少なりとも堂本には緊張感があった。
けれど、相変わらず男の話が全くわからなくて、堂本は肩の力が抜けた。

内ポケットから煙草を取り出しながら、見据えられた男の目から、やっと逸らすと火を点ける。

「ふーっ」と下に煙を戻すと、堂本が言う。


「それとも、そういう話の組み立て方が普通なのか? 考えたら昔からそんなんだったかもな。“親父”は」


皮肉を交えて言った堂本の言葉に、『親父』と言われた男はどこか嬉しそうな顔をして「ふ」と笑った。


「昔の俺を覚えてるなんて、頭がいいな。俺に似て」
「うるせぇよ。で? 早くはっきり言ってくれ」
「単刀直入に言うぞ」
「初めからそうしろよ」


同じような背格好、目元、声、雰囲気……。

それもそのはず、堂本の前に立つ男は堂本の本当の父親――星見洋人(ほしみひろと)だ。

“堂本”という姓は、今の父親の姓。

つまり、母親が星見と離婚をし、堂本は母に連れられ、再婚相手の姓を名乗っているということ。

もう十数年経ってるとはいえ、離婚は堂本が15の時のこと。

父親の記憶はまだ新しいほうなのかもしれない。


そんな父親とは、離婚してから一度も顔を合わせも、声も聞いたこともなかった。

その父親が、今、目の前にいる。


洋人は変わらず堂本を見つめて言った。


「――――菫さんに会った」