スナックを後にした堂本は、酒を一杯飲んだために車で一眠りしようと戻る。

すっかり夜が明け、世間が一日の始まりだと活動し始める時間。
その時間、堂本はだいたいいつも休んでいるが、今はなぜか眠くはなかった。

ハッキリとした意識で車に向かう。
あと数十メートルというところで、横から近付く人影に、革靴の音を止めた。


「……こそこそと、調べ回ってたんだって?」


堂本が言うと、その人影も一定の距離でピタリと止まった。
建物の間に身を隠すように立っているその相手を堂本は見た。

影になって顔がまだはっきりとは見えない。
けれど、相手が誰だか、さっきの話で堂本はわかっていた。


「ずっと、音沙汰なかったのに、どういう風の吹き回しだ?」


その堂本の声からは感情が読み取れない。
そんな抑揚のない、冷静な口調で言うと、その影から一歩踏み出した人物から返事が聞こえた。


「……ちょっと、昔を思い出して」


自分と同じように綺麗に磨かれた靴を見る。
そしてゆっくりとその足元から視線を上げていく。


「急に?」
「――いや、キッカケがたまたまあったから」
「『キッカケ』?」


顔をしかめて堂本が聞き返す。

姿を現した、その人物。
その人物と堂本は目を細めて、数十年振りに顔を合わす。


「大人になったな。ああ、でもあの頃の面影が残ってる。目や鼻は昔のまま」
「なにを呑気に……。そんなホームドラマみたいなのは、あいにく求めちゃいねぇんだけど」
「……だろうな。こっちだって、もうすぐ三十路のお前と抱き合うなんて想像出来ない」
「んなこといいから。で?」


目の前まで近づいて来た人物は堂本と同じくらいの背丈。
同じ目線にある顔を、正面から見据えた。

会話しながら少し細めて笑う目尻にはしわが。
そして白髪交じりだが、体格のいい体に纏ったスーツが若く見える。

その姿を上から下まで見て、堂本は思う。


『数十年後の自分が想像出来る』と。