「姉ちゃん、オレ――」


ピピピピッと、初期設定のままの着信音が、楓と圭輔の間に流れた。

昨日帰宅して、テーブルの上に置いてあったままの楓の携帯電話。

楓が一瞬、ビクリと体を止める。

しかし、よくよく考えたら、圭輔は目の前にいる。圭輔の携帯から父親が掛けてくることはない。知らない番号なら覚悟も決めて出ることが出来る、と気を引き締める。

そして楓がベッドから降りようとしたときに、より近くにいる圭輔が携帯を手に取った。


「……【ケン】」
「け、ケン?」


圭輔がディスプレイを見て、「ケン」と口にした。
その名を聞いて、楓は全身の力が一気に抜ける。

そして手渡された携帯を自分の目でも確認して、電話に出た。


「はい」
『お、おぉ……今からシュウんちに行きたいんだ……け、ど』
「今から?!」


楓は咄嗟に圭輔に背を向けて小声で答える。


「いや、住所って――え? 今はちょっと……弟が――」
「もしもし。住所ですか」


後ろから急に携帯を取り上げた圭輔が、突然ケンに住所を告げた。
そして勝手に通話を切ると、楓を横目で見る。


「ケン、ってさっきの男じゃないんだ。声が違った。ケンて?」
「ケンは……」


“同僚のホスト”。
それを言っていいものか、と楓は口を噤んだ。


「いや、本人に聞くからいい」
「圭輔……」

(どうしよう――もう、嘘をつき続けるのも限界なのかな……)


いつまでも嘘をついたままでいられるとは思っていない。
けれど、願わくば、知られないままやり過ごせたら、とも考えたことがあるのも事実。

弟の圭輔は、姉である自分に近付く“男”に敏感なのだと感じていた。

自分自身も、男はやはり苦手だ。

しかし、男という枠を越えた、“人間”として信じることが出来る人達と出逢えた。

それなのに……その中の一人――ケンにも嘘をついている。

自ら嘘を重ねて、それでも離れていかれるのが淋しい。
そんな自分勝手は許されないと思いつつ、それが正直な気持ちだった。


「ケンは……大事な友達」


今まで出逢った異性の中で、一番気兼ねなく話せて、一緒に過ごせる。
そして同じような苦しみを抱えてる。

だから余計に特別近くに感じるのかもしれない。