(知らないうちに早退?)


営業中に、もちろん楓の姿がないことに気がついたケンだが、忙しく業務をこなしていたためその事実を聞いたのは閉店してからだった。


「顔色悪かったからな」


居候をさせてもらっていたとはいえ、やはり未だにレンとは長い会話にはならない。


「え……マジか……」


背を向けて帰ろうとしたレンが、その心配そうな独り言の声に足を止めて言った。


「――心配は要らない。堂本さんが一緒だ」


レンは一方的に告げると、ケンの反応を待つ事なく帰っていった。
ケンはレンが出て行ったドアを一点見つめ、レンの言葉が頭でずっと繰り返されていた。


『堂本さんが一緒』


そのワードに、なぜこんなに胸がざわつくのか。
今日、店が開く前の二人の姿を見たときも同じ感覚に陥った。


(シュウが、自分以外の人間に、心を開くように話をしているだけで面白くないなんて――)

「どうやら重症だ……」


ケンは手にしたモップの柄に、ゴン、と額を打ち付ける。

考えるな。意識するな。そう自分に命令しながら、また数回額を打つ。


「気のせいだ。忘れろ」


ケンは誰も居ないフロアで自分に言うと、無心になりたい一心で、力を込めて床を磨き始めた。


「――よし。メシ食って帰るか」


楓の居ないラストは、その分少し帰宅が遅くなる。
それでもまずは、空腹を鎮めようと、ケンは帰り道で牛丼屋に入った。


「大盛り」


注文してからその品が来るまでの短い時間に携帯を見る。
当たり前だが、楓から何か連絡が入ってるわけもない。


「大盛り、お待たせしました」


店員が目の前に丼を置いて、去って行く。
ケンは携帯をテーブルに置き、湯気が立ち上るその牛丼を勢いよく食べ始めた。

ふと、店内の掛け時計に目が行った。


(――あと1時間で7時過ぎ、か)


そう思ったあと、残りの牛丼をかき込み、支払いを済ませて外に出た。


「確か、家はあの辺だっつってたか……」


ケンは白々と明ける空のもと、自宅ではなく楓のアパートの方向へと歩き始めた。