「――――さぁ?」


一瞬、驚いてその声を掛けてきた男を見た。しかし堂本はすぐに誰だか予測して、落ち着いて言葉を返す。


「……っ、『さぁ』って!」


逆に興奮しているのはその相手――圭輔だ。

堂本は、見たことはなかったが、圭輔を一目見て“弟だ”と思った。

もう時間の問題で、この楓の弟には色々とバレてしまうだろう。
しかし、自分の口から何かを言っても、圭輔は面白くないだろうし、楓も言い分っていうものがきっとある。


(法律上の姉弟、か……)


そんな堂本の判断で余計なことは口にしなかった。


「さっき眠ったばっかりだ。寝かせてやってくれ」
「なっ……!」


煙草を燻すと、堂本はそう言って圭輔を横切って去った。

意味深な堂本の言葉に、圭輔は言いたいことも聞きたいことも口に出来なかった。


(弟(あいつ)がここに出入りしてるとマズそうだな……すぐに追ってこられそうだ)


アパートを出た堂本は、足を止めて建物を見上げながら思う。

しかし、“姉思い”の圭輔を近づけさせないようにするのは違う気がした。

楓の味方が少数しかいない。
なら、少しでも、そういう貴重な存在を傍に置いておくべきだ。

煙草の灰が長くなっても、堂本はそれに気付かずに歩き出した。


(19歳――――、あの時の菫と同じ歳だな)


楓を思い返して、心で呟く。


「だからか……余計に似て見えるのは」


思わず声を漏らしたのと同時に、煙草の灰がアスファルトに散っていった。