「入るぞ」
「はい」


前も同じようなことがあった。
この部屋は堂本の所有物なのに、貸してもらっている自分に許可を取るような言い方。

きっと、女の部屋という扱いで、毎回窺っているのだ。
そんな小さな気遣いも楓が堂本という人間に惹かれた一例だった。


「あの、すみません……本当に。レンさんが急に……」
「ああ。『引き取りに』ってやつか。全く、おれは保護者じゃねぇんだから」
「……すみません」
「――いや。同じようなもんか」


堂本はそう言って、楓を見ると短く笑う。


「そんな――」


楓は“保護者と子ども”のような関係を否定したくて口を開く。
けれど、事実、そのようなものだし、堂本に自分の気持ちを伝える勇気もなく口を閉ざした。


「まず、確認するが――店を辞めたくなったか?」


その質問に、楓は悩むことなく頭を横に振った。

自分にとって、“敵”は男ではなく、父親だとはわかった。しかし、だからといって、すぐに男に対するトラウマがゼロになったわけではない。
リュウに絡まれたりもして、働きづらくなりそうだった。

それでも、ケンと働き、レンが助け、堂本の存在が自分を支えてくれる。

何より今は、店を辞めて一人路頭に迷うよりも、堂本やレン、ケンのいるあの場所の方が安全とさえ感じられる。


「――一人は、怖い……」


きゅ、っと自分の両腕を抱えるように掴んで楓は言った。

その様子をみて、堂本が言う。


「一人にさせない。だからそんな顔すんな」


堂本の言葉に、楓は勘違いしそうになってしまう。

自分はただの従業員――。
仮に、それ以上の感情があったとしても、それは成宮楓に対してではない。

姉の菫の幻影に過ぎない。


「……堂本さん」
「なんだ」

(それでもいい。
自分に姉を重ねて見ているのだとしてもいい)

「傍に、いてください――――」