ドクンドクンと鳴る心臓をぎゅっと抑えて、その場に立ち竦む。
気付けば息をしてなくて、「はっ」と短く息を吐いてから荒い呼吸を繰り返す。

(――まさか、また掛けてくるなんて。予想しなかった私もバカだ)

楓は止みそうもない動悸を堪えながらも、ふらりと店内に戻った。


「おい。おまえどこ行ってたんだよ?」
「あ、す、すみません」


レンのテーブルに戻ると、他のヘルプのホストが小声で楓に言った。
とりあえず謝る楓の様子に、そのヘルプは特に何も気づくことなく、「ふん」と鼻をならして業務に戻る。

グラスを見ると、酒がもうすぐ底をつきそうだ。

楓は手を伸ばしてグラスを掴み、酒を作ろうとした。


「ああ。シュウ、いい。ミユちゃんは今日、もう時間がないらしいから」
「そうなのー。もっとレンと居たかったんだけど、ごめんねぇ」


楓はそう言われて、グラスを置いて、代わりに水を出した。

まもなくその客は帰って行き、それを見送った後のレンに呼び出される。


「シュウ」
「え? はい」
「どうかしたか」


レンにそう言われてドキっとした。

なぜ――そう思って、楓はなんのことかと知らぬふりをしようかとレンの顔を見た。

しかし、すぐにそんなことはムダだと楓は思う。
レンの真っ直ぐな目に、これ以上何か言葉を重ねたとしても、すべて見透かされるのだろう。

観念したように、楓は小声で返事をした。


「ちょっと……家族が。でも、大丈夫ですから」
「顔色が悪過ぎる」


レンはそういうと、楓をバックへと引き込んだ。


「あっ、あの……! ほんと大丈夫ですから」
「あ、俺です。シュウの様子がおかしいんで、引き取りにきてもらえます?」
「え……」


楓の言うことを全く聞かずに、レンが電話をし始めた。

“まさか”、と楓はレンの横顔を凝視する。
すると、レンはすでに話はついたようで、携帯を耳から離して楓に向き合う。


「そんな顔でフロアは出られないだろ。特にあんたは」
「あ……」


レンにそう言い放たれると返す言葉がなかった。

おそらくレンは、そんな不安そうな顔で接客なんて出来ない。それに、そんな散漫なままでは自分の身を守る事すら出来ない。
そういう意味で言ったことだとわかった。


「そこで待っとけ。絶対出てくるなよ」


レンに言われた楓は、そのまま去って行くレンの背中を見るだけで動けなかった。