「ふー……」
「お疲れ」


瑠璃が帰ったあと、フロアに戻る途中にケンが声を掛けた。


「あっ……お疲れさま」
「なんだよ。その、『あっ』てのは」
「別に、なんでもない」


楓がうっかり声を漏らしてしまったことに、ケンは言う。
けど、当然楓は心の内を話せるわけもなくて、適当にあしらった。

すると、二人の元にリュウと絵理奈が近付いてきた。


「今日は早いな。もう帰るのか」
「絵理奈、ヒマじゃないし。寝てないし」


そう言って、すれ違いざまにケンをみた絵理奈を楓は見逃さなかった。

(やっぱり……?)

楓は二人の間に特別なものがあるのかと、ケンを見る。
ケンは自分で気付いているかわからないが、絵理奈をみていた。

楓はそのままケンをそっとしておき、レンのテーブルへと向かった。


「すみません。もうフリーなんで、ヘルプ出来ます」
「ああ」


レンに告げて、楓はまたいつものように補佐につく。
テーブルの上をチェックして、まずは灰皿を替えよう。そう思った時だった。

ブブブ……と、バイブがポケットの中で鳴った。


(誰だろう。瑠璃? に、しては早すぎるし。もしかして圭輔……?)


楓は灰皿だけを、先にスッと替えてから、こっそりと携帯を見た。

そこには【圭輔】と表示されていた。

本当は今すぐにでも、電話に出たいところだが仕事中だ。
ぐっと堪えて、再びポケットに携帯を押し込んだ。

何度かバイブがなっていたが、やがて止まった。


(だけどこんな時間に、長めに鳴らすなんて……急用で、なんかあったのかも……でも)


悶々と気にして居るうちに、再び携帯が震え始めた。

二度もこんな夜中に連絡をするなんて、何かあったのだ。と、楓はレンの様子を見て、ほんの少しだけ、と抜け出した。

重い黒い扉を出れば、店内よりはまだ静かな空間に出られる。

楓は店の外に出て、【応答】をタッチした。


「もしもし? どうかし……」
『お前はほんと、バカだなぁ。また、こうやって電話に出るんだから』


その耳元で聞こえた声に、楓は血の気が引いた。


『まぁ、そう思ってまた掛けてみたんだけどな』
「…………っ」
『お前、今、どこでなにしてるんだ? 急に居なくなったら寂しいだろぉ? この時間に普通に電話取るってことは、キャバでもやってるのかぁ?』


その声に、早く電話を切りたいと頭では思っているのに指が、体が動かない。
そして声も出せない。


『おーい。……逃げられると思うなよ? そのうち居場所探し当ててや、』


そこまで聞いた時に、ようやく親指だけが動いて、一方的に電話を切ることができた。