「よっ……」
重そうにそれを持ち、自分を横切る楓を目で追う。
そしてそのまま去っていく後ろ姿まで、ずっと見ていた。
なにが自分をそうさせるのだろう。
ケンは楓の後ろ姿を見送って、思う。
「まさか――本当に、オレ…」
DVされているとわかっている女(絵理奈)を前にしていても、気になるのは楓(シュウ)だった。
絵理奈が元々好きではないとは言え、男なら――選択すべき道は違ったと頭ではわかる。
けど、どうしても。
どうしても、ケンの中にシュウという存在が大きくて――それは、知り合った時から比べると、どんどんと増している気がした。
極めつけは、おそらく階段で触れた時。
「けど――女、だったり…?」
ケンは、自分の手のひらを見つめて、あの時のことを思い出す。
「んな、都合いいこと考えるなんて、相当重症だな」
苦笑して、開いていた手を握ると、楓の後を追った。
「シュウ!」
「ん?」
「掃除、手伝えなかった分、やるよ」
「…それは助かる」
無防備に、呼びかけに振り向き、笑顔を向ける。
そんな楓の一挙一動にケンは“諦めた”。
(コイツを気にしないってこと自体が、今のオレには無理だ。もういい。オレはシュウが大事なヤツだ。そういうことでいいだろ)
「おお、シュウ。ちょっと」
雑巾をケンに手渡した楓が、横から堂本に声を掛けられる。
「はい」
呼ばれた楓は、すぐに堂本の元へと向かった。
少しトーンを落として話をしているために、ケンには話の内容が聞き取れない。
雑巾がけをしながら、視界に入る堂本と楓の様子を気にしていた。
ちらりとたまに盗み見をすると、堂本の前で笑う楓の姿にもやもやとする。
相手が堂本(オーナー)とはいえ、自分に普段向けられるような表情ではないことに気がつくと、ケンはどうしようもなく、二人の動向が気になってしまった。
「堂本さん、本当に…ありがとうございます…」
「いや。おれは出来ることしかしねぇから」
「それでも! すごく、嬉しいです…」
「…そうか」
最後の方の会話は耳に届いた。
その内容は普遍的で、全く見当のつかないことだった。
――だから、余計に、何の話かが物凄く気になった。