「――――誰だ」


その音は、開店前の静寂な店内には十分聞こえる音だった。
それに素早く反応して声を掛けたのは、レン。

堂本は何も言わずに、音の鳴った方をじっと見据えているだけ。


「あ、すみません。おはようございます」


ケンは何食わぬ顔をして、ひょっこりと顔を出した。
その姿を見て、あからさまにレンは安堵する。


「レンさん、早いですね」
「…ああ。目が覚めたんだ」
「あの…シュウは…?」


自然を装ってケンはレンに聞いた。
すると、普通にレンが「水を汲みに行った」と答えたので、ケンはシュウの元へと向かった。

ケンの姿がフロアから見えなくなると、レンはケンが向かった方向を見たまま堂本に言う。


「――聞かれてましたかね」


コツッと堂本はレンの隣へ歩いて、同じ方向を見て答える。


「どうだかな。ま、アイツは味方になるだろ。――おそらく“楓の”」
「そう、ですか」


横に並んだまま、レンがちらりと堂本を見上げる。
その様子に気がついた堂本が「ふ」と笑って言った。


「なんだ?」
「あ、いえ……。あの、堂本さんの――菫サンて、今は…?」


一度は躊躇ったが、レンはそのまま疑問を口にした。
堂本に姉である“菫”の話はなんとなく、禁句。

今までそう思ってきたが、今回どうも気になってしまって、レンは勇気を出してその名を口にした。

すぐに返答が返ってこない堂本に、レンは出過ぎた真似だったか、と後悔し始めた時だった。


「おれが18の時に家を出てから――一度も会ってない」


堂本は特に表情も変えずに続けた。


「おれが今、29だから、もう十年以上経つんだな…」


表情も、声色も。
もしもケンが相手なら、堂本の心情は読まれることはないだろう。

しかし相手は、人の心に敏感なレンだ。


「今からさらに、十年経ったとしても……堂本さん、同じ顔して同じこと思ってそうですね」
「――――レンが言うなら、そうなんだろうな」


皮肉を交えて堂本が笑う。
そんな堂本の苦笑した顔が、レンはなんだか辛く感じた。