『――ケン…』


捨てられた犬のような目で、絵理奈が名を呼んだ。

けれど、どうしても、心のどこかで引っかかり続けている存在――シュウのことがちらつく。


『ここに金、おいとく』


ケンは、苦しそうにそう言って、絵理奈に背を向けカフェを後にした。


カフェを出たケンは駅へ急ぐ。

その道のりの途中、もう一度携帯を確認する。


(さっき見たこのメールは朝方送られてきてた。それからメールは来ていない)


“シュウ”から送られてきたそのメールの意味が気になる。
ケンは楓にコールを鳴らしたが、気付いていないのか、コールが切れることがなかった。


「マジで…なんかあったんじゃ――」


ケンは携帯を握りしめて、人ごみを縫うようにして走った。


店に着いた時には、息が上がっていて、額から汗が流れていた。

息を整えながら、店の扉へと続く階段を軽快に降りる。
なにが起こっているかもわからないと思って、ゆっくりと扉を開けた。


「――シュウ?」


そっと足音に気を付けて店内に入ると、誰かの話し声が聞こえてきた。
その声のする方へゆっくり近づき、死角の壁に背をつける。

本当は、盗み聞きなんて性に合わないケンだが、楓からのメールが妙な気がしたために、息を潜めて様子を窺う。


「いつまで、続けさせるんですか」


そう言ったのはレン。
レンの姿は確認できたが、その奥にいる人物がまだわからず、ケンは必死で探る。


(レンさん! 『続けさせる』? つーか、レンさんが敬語を使う相手って――――)


ケンが目では確認できない相手を、レンの話し方で想像する。
すると、その予想通りの声が聞こえてきた。


「…さぁな。でも、もう長くはない気はしてる」


(やっぱり! 堂本さんだ!)


レンの問い掛けに答えて、腰を掛けていたテーブルから立ったのは堂本。

フロアにいるのはレンと堂本ということがわかり、少し安心するケンだが、肝心の楓(シュウ)の姿が見えない。

ケンは二人に気付かれないようにするべきか悩んでいると、足元にあった花の茎を踏んでしまった。