二人はそのカフェで長居をしていた。

異性を意識するような緊張もなく、ケンは友人といるような感覚で自然に話をしていた。

ふと、時間が気になって携帯を取り出した。
仕事を遅刻はしない時間だとは思うが、そろそろか…と思い、ケンはディスプレイを確認する。


(もうこんな時間か。そろそろいかねぇとな。シュウのやつ、いつもはぇーから……)

「…ん?」


そこでケンは初めてメールに気が付いた。開いてみると、その差出人は【シュウ】。


「どうしたの?」
「――いや。ちょっと……」


ケンがみたメールの内容は、【悪いけど、明日の準備いつもより早くきて欲しい。頼む】。
絵理奈の言葉に答えはするが、ケンの視線は携帯に向けたまま。


「ケン?」


(“頼む”だなんて、普段シュウは絶対に言わない。しかも、開店準備をわざわざ
頼んでまですることなんてないだろうし…。なんか、嫌な予感がする)


絵理奈の呼び掛けが耳に届いていないケンは、そんなことを考えると席を立った。


「どうしたの?」
「……悪い。急用が…」


言いづらそうに絵理奈に打ち明けると、絵理奈が驚いた顔をする。
そして、すぐにケンから目を逸らして自嘲の笑いを浮かべた。


「そうだよね。ケンは絵理奈にだけ構ってるヒマ、ないよね」
「……おまえ、リュウから連絡あっても出るなよ。そしたらオレなんかが一緒に居なくても――」
「…自信、ない」


絵理奈は駆け引きするような目で、ケンを見上げた。
その視線を受けて、ケンはしばらく絵理奈を見たまま黙った。

目の前にいる女は、特段、大事な存在なわけではない。
けど、放っておけない事情を知ってしまったがために、簡単に切り捨てられない。

しかも、その天秤にかけてる相手は同僚の“男”。

ケンはずっと絵理奈を見つめたまま、口を開いた。


「――とりあえず、電話はとるな。人の多いとこに、ずっといろ」


絵理奈はそれに対して頷くことをしない。
ただ、潤んだ目でケンを見上げるだけ。

その縋られるような目に、ケンは一歩を踏み出せないでいた。


「……ケン」