「お。今日はケンはまだか?」


堂本が階段を降りてフロアを覗くと、ちょうど裏から楓がひとりでやってきたところだった。

楓の手には、いつもケンと分担して運んでくる清掃道具を全て持ってきていた。


「堂本さん!」
「ん?」
「あっ…い、いえ。おはようございます。ケンはまだ見てませんけど」


突然声を掛けられた楓は、驚いて名を口にしたが、すぐに堂本の問いに答えた。

あれからすぐにロッカー室を出たが、楓はケンの姿を見ていない。
携帯も見て見たが、なんの返事もきていなかった。


「そうか。なんかあったかな、アイツ」
「……」
「楓?」


目の前に立つ堂本に視線を注いではいるものの、楓の思考はどこか遠くにあるようだ。
そんな楓の顔を、屈むように覗き込む。

急に間近に現れた堂本の顔に、楓は飛んで驚いた。


「あっ…」
「……? 大丈夫か?」
「は、はい! わ…僕、水汲んできます」


楓が慌てて、自分の思考を誤魔化すために、堂本の元から離れようと言ってバケツを手にした時だった。

「待て」と呼び止められて、楓はすぐに振り向いた。
すると、堂本が片手を広げて差し出す。その手に目を向けると、楓は思わずバケツを落としてそれに駆け寄った。


「コレッ…!」
「やっぱり、お前のか? ほら」


手のひらを返して楓の手に小物入れを落とす。


「なんとかなったみたいだな――――レン」


楓が顔をあげると、堂本の視線は自分を通り越して奥を見ていた。
すぐにその視線の先を追って振り向くと、その名を呼ばれた通り、レンが立っていた。


「…はい。しばらくは大丈夫だと思いますけど」
「そうか。なら良かった」


楓は二人の会話を聞きながら、レンを見つめる。
レンは一瞬、楓を見るだけで、またすぐに堂本と話始めてしまう。

楓は何も言わずに、バケツを拾うと水を汲みにその場から立ち去った。