「おはよう…ございます…」


翌日、楓は先に着いて店内で待機していた。
そこに約束の時間に現れたのは、勿論リュウだ。


「お、逃げずに来たか」
「…仕事はありますし、あれを返してもらわなきゃなんで」


一晩過ぎて、楓は少し肝がすわって、幾分か堂々と答えられた。


「へぇー。じゃ、返してもらうためならある程度のことは覚悟してるって?」
「それは、聞いてみて――ですけど」
「はっ。なら話は早いな」


リュウは近くのテーブルに腰を降ろしてポケットから昨日の楓の“小物入れ”を手に取った。
それを真上に放り投げ、キャッチする。それを何度も繰り返しながら言った。


「――お前と堂本さんて、どういうカンケイ?」
「……オーナーと労働者」
「それ以上に、なにかあんだろ」
「――無職の僕に、ここを紹介してくれただけです」
「紹介?」
「たまたま、道で声を掛けられただけだ」
「ふーん」


静まり返るフロアには、リュウが繰り返し小物入れをキャッチする音。
そして淡々と二人の会話は続く。


「あいつは?」
「は?」
「ケン。あいつは、どうなの」
「それは僕は知らない」
「…あっそ」


そうしてリュウは、パシッと小物入れを手に納めて立ちあがる。

そして楓に近づいた。
リュウは目の前で立ち止まり、楓を見下ろすと、すっと楓を通り越してしまう。

楓は警戒してリュウを目で追うと、自分に背を向けたままの後ろ姿があった。
楓はそのまま動かずにリュウの出方を待った。


「じゃ、ケンをどうにかしちまうかー…」
「…ちょ、いい加減にーー」


リュウのその言い方は、物凄く危険な感じがして、楓はつい過剰に反応をして振り向いた。
ーーその瞬間。


「⁉」


バシャッと水の音が聞こえた時には、体に冷たく濡れた感覚が走った。


「あーあ。濡れちゃったなぁ? わりーわりー」


楓が何が起こったのか、驚いたまま、濡れた自分のワイシャツから視線をあげる。
すると、そこには先程背を向けていたリュウが正面をむけて立っていた。

手に、生けていた花の花瓶を持ってーー。


「水も滴るイイ“オンナ”、か」
「……」
「…んな目で見るなよ。ものの例えが“オンナ”だっただけだろ?」


わざと、自分に水を掛けたリュウを楓は睨みつけていた。
しかし、リュウは全く動じない。
楓は挑発に乗らないよう、一度目を閉じ、すぐに目を開けて言った。


「……着替えてきます」
「……そ」


楓はリュウの顔を見ることなく、毅然とした態度のまま、フロアから去る。

バックを通り抜け、裏のロッカー室に入った。
そして、まっすぐと自分のロッカーへ歩き進めながら、上着を脱ぐ。
手を伸ばし、細長い扉を開くと、そこにはあるはずの予備の服がなかった。


(なんでーーまさか、あいつが…!)

「‼」


リュウを思い浮かべた瞬間、誰も居ないと思っていたロッカー室に気配を感じて、楓は息を飲んだ。