「ありがとうございました」

阿久津に頭を下げ、ゼミ生が研究室を出ていく。

奈緒も例にならって、「ありがとうございました」と頭を下げた。

ちらりと顔を上げた瞬間。

阿久津と目が合った。

その瞳は、とても切なげで、なにかを語りたがっているのが伝わってきた。

ずきずきと胸が痛む。

奈緒はその視線を断ち切るように、踵を返し、研究室を出た。



これでもう、本当に終わりだ。

ゼミが終われば、阿久津先生との接点はないのだから。

喫茶店閉店後、誰もいなくなった店内で奈緒とマスターは帰り支度をしていた。

静かに流れていたBGMの音も消え、片づける音だけが店内に響く。

終わりを願っていたのに。

春が来るのを待ち望んでいるのに。

どうして、こんなに胸が痛いの?

去り際の阿久津先生の瞳が頭から離れない。

「奈緒ちゃん」

エプロンを外していた奈緒に、ふとマスターが声をかけた。