その時。
「なあ、母さん」
正太郎はかすれてしまった声で、妙子を呼んだ。
「なに?」
「ちょっと、涼介と二人で話をさせてくれないか」
妙子は一瞬驚いた表情を見せたが、
「ええ」
とだけ言ってゆっくりと病室を出て行った。
阿久津は、妙子の出て行った扉をしばらく見つめていた。
そして、さっきまで妙子が座っていた椅子にゆっくりと腰を下ろした。
病室に父と二人きりになってしまい、なんとも言えない不安に襲われた。
正太郎をまともに見ることができず、窓の外に目をやる。
「外は寒かっただろう」
正太郎は、窓の外に目をやりながらぽつり呟いた。
「……ああ」
阿久津は、視線を外に向けたまま静かに答えた。
会話が途切れて静けさが訪れる。
二人の視線は交わることなく、外に向けられたままだった。