「ここだ」

圭介は、病室の前で立ち止まった。

阿久津は思わず固唾を飲んだ。

慣れた様子で圭介が病室の扉を開けると、ベッドの脇に座っている母・妙子の姿が見えた。

妙子は圭介の後ろに突っ立っている阿久津を見るや、少し驚いた様子で、

「涼介」

と言って立ち上がった。

「あなた、涼介が」

妙子は慌ててベッドの正太郎に声をかけた。

阿久津の位置からは、まだ正太郎の姿が窺えなかった。

「母さん」

突っ立っていると、圭介が「お前が先に入れ」と言うように、阿久津の背中をそっと押した。

妙子の目を見ることができず、目を泳がせながらおそるおそる病室に入る。

一歩ずつベッドに近づき、そこに横になっている正太郎を見た途端、大きな衝撃を受けた。

恰幅(かっぷく)の良かった父親の面影はそこにはなく、あったのは、痩せこけて小さくなってしまった父の姿だった。

なにも言葉を発することができず、突っ立っていると、正太郎の方から、

「涼介」

と、声をかけられた。