「あそこです」


しばらく歩いて、羚弥君が指差した方向に学校があった。


「ここかー」


校舎を見ると、いじめのトラウマが若干蘇ってしまう。でも、今までとは違って、期待が何割かを支配していた。


「案外近いわね。そうだ、入る前に事前に連絡しないとね。羚弥君、無いとは思うけど……生徒手帳ある?」


「それはないですけど、遅刻することが多いので、電話番号は知ってますよ」


お母さんは苦笑しながら言われた番号に電話をかけた。


しばらくすると電話が終わって、お母さんは「行こっか」と言った。


「羚弥君、校長室まで案内よろしくね」


「そ、そんなところに……」


校長室なんて行く機会がないから、羚弥君も緊張してきたんだと思う。私も同じく緊張して、スタスタと歩き始めるお母さんを尊敬するほどだった。


校長室は二階にあって、ドアの上にある「校長室」という文字が、そのドアの存在感を強調していた。


お母さんは何も感じないのか、普通にノックして「先ほど連絡した咲森です」と言った。


すぐに「どうぞ」と返事が返ってきて、私たちは羚弥君をその場に残して、そこに入っていった。


「突然お伺いしてすみません」


お母さんがそう言うと、意外と優しそうな校長が笑顔で対応した。


「いえいえ、お気になさらないでください」


お母さんはすぐに本題に入った。


「あの、早速お聞きしたいんですけど、こちらに転入って可能ですかね?」


「前回在籍していた高校や、その時の成績などをこちらがお渡しする資料に書いていただき、試験などをしてから入ることになります」


「実は、訳ありでどこの高校にも入学してなかったんですよね」


厳しい状況だと分かったのか、お母さんの表情が険しくなった。


「そうですか……編入でも転入でもないというわけですね?」


「はい……実は私のせいでこの子がしばらく家出してまして、受験期間ずっと行方不明でどうしようもなかったんです。今は仲直りしたんですけど、やはり高校には入らないと現実的には少し厳しい状況かなと思うんですよね」


「そうですね……」


校長も困った様子を見せた。


「この子成績だけは優秀なんですよ。中学校の成績も五段階判定中、全て五でして、テストはほとんど百点なんですよ。これを見てください」


こうなるのを予想していたのかしていなかったのかは分からなかったけど、あらかじめ持っていたらしい、私の過去の通知表とテストを鞄から取り出した。


「こ、これは素晴らしいですね……」


校長も感心しているようだった。


「それに、既に高校の知識は身につけさせているつもりです。だから、遅れもないと思うんですよね」


校長はしばらく悩んでいる様子を見せ、結論を出した。


「こちら側としても、成績優秀な子は大歓迎なんですよね。裏話を言うと、高校の評判が上がると言いますか。そこでですが、この前の定期テストの問題を今解いていただいて、その点数によって決めたいと思います。既に高校の知識は身についてるんですよね?」


見かけと裏腹に腹黒いなと思って私は思わず苦笑してしまった。でも、確実に入れるなと確信もした。


「ぜひやらせてください」


私の意思表示を示したことにより、校長は「分かりました」と言って部屋を出ていった。


長くなりそうだからとお母さんが羚弥君を帰らせ、その直後に校長が問題用紙を持って戻ってきた。


「筆記用具もこちらで用意しました。準備ができたらいつでも始めてください。一枚につき制限時間は四十五分ですが、終わったら次々と他のテストに手をつけてもいいですよ」


「分かりました」


こうして、お母さんと校長が見守る中、私の戦いは始まった。