「はっ!」


突然目覚めた俺は、辺りを見回した。


『夢に……母さんが』


最近見るようになった不可思議な夢。警察から逃げている夢に始まり、今に至る。


それらの夢には心当たりがないものがほとんどだったが、今日は母さんが出てきた。


『あの日……』


今日の夢は俺にとって、記憶に新しいものだった。母さんが母となったあの日、自殺しようとしていた時……


「羚弥君、起きた?」


俺があの日を振り返ろうとした時、部屋の外から由梨の声が聞こえてきた。それにより、俺は現実に戻り、とっさに時計を見上げた。


七時。まだ余裕な時間だった。


「起きてるよ。起こしに来てくれてありがとな」


俺は礼を言って制服に着替えた。そして、部屋から出てリビングに向かった。


「あら、珍しい。羚弥が起きてるなんて。まさか由梨に起こされた?」


朝早くから台所に立ち、自分と由梨の朝食を作っていた母さんは、俺が起きていることに驚いた。


「バカにすんじゃねえよ。俺だって起きれますー」


その反応に苛立ちを覚えた俺は、嫌味たらしくそう言って舌を出した。


「へー、そうなんですかー。じゃあさ、久々に朝ご飯食べる? 起きれないからいらないって言ってたけど今日は早いじゃない?」


俺の挑発は穏和な性格の母さんには効かず、逆に気を遣われてしまった。


「え、いいの?」


「ぜーんぜん大丈夫だよ。じゃあ作るから待っててね」


「うん、ありがとう」


俺はソファーに座った。そして、前々から気になっていたことを母さんに訊いた。


「ねえ、母さん」


「ん、何?」


「母さんって結婚しないの?」


母さんは一旦包丁の手を止めた。


「結婚ねー。私も考えてたんだけどね」


「母さんって前聞いたけど二十四でしょ? しかも結構美人なんだし、いくらでも男と付き合えるんじゃないの?」


母さんの容姿は本当にたいしたものだった。


「確かに告白されたりはするんだよ。でもね、テレビとかで浮気だとか家庭内暴力だとかいろいろやってるでしょ? そういうの見てたら怖くなってきちゃって……」


「そうなんだ。母さんみたいに優しい人もいるだろうに」


「みんなね、心の中には裏があるんだよ」


母さんはそう言って寂しげな表情を浮かべた。そして、再び包丁を動かし始めた。