「雅宗さんは、母から何か聞かされていましたか?」
「いや、不束な娘ですがとお金を差し出されただけだ。受け取らなかったけどね。この事態は予測できなかったよ……申し訳ない。」

 帰宅直後、警察へ母の捜索願が出された。母の失踪を知った雅宗さんとアメリは閉店前のカフェを放り出し、本気で母を探し回ろうとしたので私が引き留めたほどだ。今更この辺りを捜索しても遅い。家のポストには三日分の新聞紙と郵便物が貯まっていたのだから。
 夕食時には立川を交え話し合いの場が設けられ、手紙とタブレットの中身は雅宗さんと立川との共有を許した。空囮の歴史に並んだテキストファイル『dear yukari』には、とても一人では読みきれない、千件に及ぶ父、眞鍋徹と母、眞鍋佐和子の15年分の日記が収められていたからだ。



──────2001.10.07

 本日眞鍋家に長女が誕生しました~!病院の帰り道、スーパー開いてたから半紙買ってきちゃった!ビールかっ込んで少し休んだら習字の練習だ。ヒャッホーイ!
 俺の字とって徹子?徹子の部屋?佐和子からとって、和子か!細木の方か!
 超可愛い名前つけてやるから、待ってろよ~!愛娘!

──────2001.10.08

 早朝に佐和子からメールが入った。赤ちゃんが急に結石のような水晶を吐き出したという。命に別状はないが前例がないらしい、急いで病院へ向かう。

──────2001.10.10

 眞鍋家第一子、眞鍋ゆかり。本日市役所へ出生届を提出した。
 額に埋め込まれている筈の蘭昌石が体外からでてきたのだ、ゆかりは忌み子であって忌み子ではない。普通の女の子として生まれたのだ、引き継ぐのは名だけだと心から願う。ゆかりは私達の血を受け継いだ娘、命に換えてでも全身全霊で守り抜いてみせる。

──────2001.11.01

 この世界で闇の歴史を辿ろうにも空を掴むような作業。ゆかりは私達と同じく15歳で覚醒するのだろうか。記憶を取り戻したゆかりは決して私達を許してはくれないだろう。こんなにも愛しいゆかり。可愛いゆかり。お父さんは君とバージンロードを歩けないのかな。