昼休み終了間近、地下から階段を上ると担任の山代が図書室出入り口で待ち受けていた。授業前に何事かと3人閉口し並ぶと、山代はいつもの気だるい口調を捨て悲し気に話し始めた。

「先週の金曜日に亡くなった木村くんの通夜が今日行われるんだ。告別式を前に代表する生徒と先生で出席したいのだが、眞鍋……お前、来れないか?」
 慶子が激しく抗議する。
「先生、無神経すぎます!ゆかりは木村くんと話したこともないんですよ?でも親族の方はそうは思ってくれません!」

 まぁ、親の立場を考えれば間違いなく怒りの矛先は私へ向けられるだろう。山代も理解している様子で困惑の表情、恐らくその親族からの要請だ。

「私、行きます。」
「ゆかり!う──────…じゃあ、先生私も!」
「いや、慶子ちゃん暴れ兼ねないから俺が行くよ。木村とは面識あるし………先生、いいですか?」
「……坂城か、そうだな。お前が来てくれると助かる。栗林、いいかな?」
「………分かりました。」

 1時に駐車場で。と職員室へ戻る山代は去り際に、いい友達ができたな。と私の肩をポンと叩いた。始業式初日に染髪問題の冤罪を着せられて以降、山代とは気まずい雰囲気だったが、事件後私を気遣い何かと話し掛けてくるようになった。根っからの熱血教師○岡△造だろうが、山代は生徒を思いやる一担任なのだ。


 山代の自家用車に坂城くんと学級委員二名乗り合わせ、30分ほどで到着した葬式場は広い敷地面積にも関わらず弔問客とは別に報道陣やマスコミ関係者で溢れかえっていた。中学生が学校内で殺人未遂を犯し死亡したのだ、ニュースでは簡潔ながらも連日報道されている。
 葬儀に参列し退場すると事前に時間が設けられていたのだろう、山代に連れられ遺族控え室へ通された。部屋には木村くんの両親二人。そして妹なのだろう、桐晃学園の制服に一年の青色バッチをつけた女の子の三名。山代が一通りお悔やみの言葉を述べ一礼した後、同じく生徒四人頭を垂れた。

「一目でわかったわ、貴女が眞鍋さんね?」

 顔を上げた直後、木村くんの母親が私を見据えた。憤怒ではない、悲しみに塗り染められたような、虚ろな瞳。私は事前に準備していた言葉をゆっくりと、丁寧に並べ立てた。

「私が少しでも早く現場へ向かっていれば、木村くんは助かっていたのかもしれません。この度は誠に申し訳ございませんでした。」
「そうね、生きている間に引き留めてくれたら助かったのかもしれない。」

 意外にも冷静に言葉を返された。だが父親と妹の目は冷たい。

「君に非がないことは、山代先生からよく聞いているよ。ただ直接会って、君の口から謝罪の言葉を聞きたかったんだ。君は頭の賢い娘だね。少しでも早く…?そうだ、君が謝るべき点はそれだけでいい。惚れさせてしまいすみません、なんて言われたらその綺麗な顔に傷を付けてしまうところだったよ……!」

 父親の言葉に母親が泣き崩れ、その肩を支える妹。「どうぞお引き取りください。」という父親の言葉に再度一礼し、式場を後にした。

「ゆかりちゃん、頑張ったね。」
「あぁ、眞鍋はよく頑張ったよ。」

 堪えていた涙が車の中で溢れ出た。山代は木村くんの両親が冷静に私を迎えられる様、通夜前にクラス内の組織体や友人関係の詳細を細かく説明していたのだろう。それでも実子を失った抱えきれない悲しみや行き場のない怒りは私へ向けられ、私の心を叩いた。覚悟はしていたのに、心の壁はあの日割った窓ガラスのように粉砕し、涙を止めどなく溢れさせていく。

『コン、コン。』
「え……?あ、先生、ちょっと待って!」

 後部座席の窓ガラスをノックされ、学級委員の女子生徒が窓を開ける。顔を出したのは先程顔を合わせた木村くんの妹だ。

「あの……これ、生徒手帳に書かれていた一文なんですけど、眞鍋さん宛なんだと思います。伝えておきたくて。」

 小さなメモ用紙を受け取ると彼女は小さく会釈し、式場へと戻っていった。早く読んでしまいたいのに、車が走り出し式場が見えなくなっても受け取った手が悴んだように震え、うまく紙が開けない。

「落ち着いてから読みなよ。無理しなくていいからさ。……ね?」
「うん……坂城くん、ありがとう。」

 膿を絞り出すように溜まっていた涙が溢れ続ける。坂城くんは学園へ着くまでの間ずっと私の背中を優しく擦り慰めてくれていた。