「よしっ!!」

 あたしはパンパンと両手で頬を叩き、気合を入れた。

 とりあえず、ジンがこっちに来るまでに受け入れ態勢を整えないと。

 住む部屋とか一応目星をつけとこう。ワンルームでいいかしら? 今の相場ってどれくらい?

 一緒に住むとなったら、あたしの分だけでも光熱費とかかかるし。

 あの銀髪と、銀の目もなあ。一生ずっと実体化を解き続けてるわけにもいかないだろうし。

 いざという時のために、カラーコンタクトとか用意しといた方がいいわよね?

 あ、あの微妙な肌の質感! あれファンデーションで隠せるかしら!

 ぶつぶつ呟いていると、始業のベルが鳴り響いた。

 あ、休憩時間終わっちゃったわ。仕事に戻らなきゃ。


 いそいそと階段に向かうあたしの心は晴れ晴れとし、浮き立っていた。

 ジンがいつ来るのかは分からない。

 ひと月後? 三ヶ月? 半年? 1年?

 3年、5年。10年後かもしれない。

 でも彼は必ず行くから信じろと言った。

 だから信じるわ。何年でも信じて待てる。

 ……できれば、年金貰うようになる前ぐらいには来て欲しいけど。

 それまであたしは、精一杯日常を生きる。

 一度は捨てたこの命を抱え、この世界の中で。

 ここがあたしの居るべき場所で、ここがあたしが彼を待つ場所だから。


 さあ、生きよう。生きていこう。

 道行く先に光はある。必ず。


 そうよね? ……水の精霊。


 あたしは屋上を振り返った。

 ここでの絶望から旅が始まり、終わり、そしてまた始まる。

 今度は希望の光の中から。


 絶望も希望も表裏一体。

 破壊と絶望の後には創造と再生がある。

 有るんだ。


 あたしは力強く前を向いた。

 そして威勢良く扉を開けて、しっかりとした足取りで階段を降り始めた。


      (完結)