「へぇ~。椛、ひとり暮らし始めるのか?」

こ、この声は──

恐る恐る顔だけ上げると、そこには意地の悪いほほ笑みを口元に浮かべた副社長が立っていた。

何故、このタイミングで現れる──

この人だけには知られたくない……そう思っていたのに。

「親に家を追い出されたみたいですよ」

なんて呆気なく麻奈美にバラされてしまったから、ぐうの音も出ない。

実は副社長と私は大学の先輩後輩の関係で、イベントサークルの仲間だったりする。だからそばに麻奈美しかいないと椛呼ばわりされてしまうところが、実に面倒くさい。

私と言えば、いつでもどこでも副社長。もちろん学生のときは先輩と呼んでいたが、さすがに職場で、しかも副社長を先輩と呼べるはずがない。

あくまでも会社の副社長、直近の上司と部下の関係。

だからちゃんと“副社長”と“里中”で行きたいと思っているのに、この人ときたら……。

「なあ椛、昨日のあれはなんだ? お前、司会始めて何年だっけ?」

やっぱり椛……。

「六年ですけど、それがなにか?」

「なにか?じゃないだろ。椛のせいで、終わるのが二十分伸びた」

確かに副社長の言う通り。だけど私のせいでと言い切られるのには、納得がいかない。