潤と直哉が教室に戻ってくると何やら騒がしい。
「!直ちゃん!彩ちゃん囲まれてる!!」
「あなた直哉様や潤様に近付くなんて何様のつもりですの?」
「身の程知らずなのよ!!」
「うふふ。震えてるなんていい気味ね。」
潤が慌てたように直哉の袖を引っ張る。
「直ちゃん!助けなきゃ!」
ハッとした直哉は急いで助けに行こうとした。
…が、やめた。
「…大丈夫だろ。」
「!何言っちゃってんの!?」
一瞬女子の隙間から見えたのだ。
涙を浮かべ顔を真っ赤にし肩を震わせ俯き
大爆笑をこらえている清水の姿が。
清水はふーっと息を吐くとようやく顔を上げた。
(ようやく笑いこらえられたのか…。
いやまだダメだろ!?
口の端ヒクヒクなってんじゃねぇか!!
絶対バレるだろ!!)
心の中で直哉が盛大に突っ込むが興奮している女子にはバレていないらしい。
清水がスッと立ち上がる。
目の前に立っていた女子はその威圧感に後ずさった。
‘「なっなんですの?」
清水はフワリと微笑むと恭しく頭を下げた。
「初めまして。
私、理事長様の下で使用人として働かせて頂いております清水彩と申します。」
「しっ使用人?」
「えぇ。
私に世間を勉強するようにと、理事長様にお父様がお願い致しまして。
私が海外にずっといましたので日本の学校について分からず困ってしまった所、理事長様の計らいで大村様方に案内をして頂いておりました。」
「…嘘八百ってまさにこの事だよねー。」
「態度から話す内容まで全てが嘘だもんな…。」
「あら…そうでしたの?」
「そう言う事でしたら…ねえ?」
「あっ騙されちゃった。」
「騙されたな。」
「この度は不愉快な思いをさせてしまいまして申し訳御座いません。」
「こちらこそ…事情も知らず申し訳なかったわね。」
「行きましょう…ね?」
それを見送り教室を出て行く清水。
直哉と潤も急いで追いかける。
廊下の端にあった音楽室に飛び込み扉を閉めた。
「フハッ…ギャハハハハ!!!」
「…直ちゃん。
これはどういう状況?」
「ずっと笑いこらえてたんだから今だけ許してやれ…。」
わけが分からない潤と呆れている直哉。
ヒー死ぬーとお腹を抱える清水。
10分程笑い続けると余程苦しかったのかゼイゼイと肩を上下させている。
「…なにがそんなに楽しかったの?」
「いやー。
目の前で罵声を浴びせられてるのにお嬢様口調だから面白くなってきてさー。
あーヤバかったー。
いきなりお嬢様生活終わる所だったわー。」
「…笑い終わったなら行くぞ。
そろそろ担任来ちまうし。」
3人はぞろぞろと音楽室を後にする。
音楽室に先客がいたのに気付かずに。
「お前ら全員名前順に廊下に並べー。
今から体育館行って入学式だからな。」
やる気なさげに入って来た担任に促され廊下に並ぶ。
(清水だからー…。
結構前の方だね~。)
清水の横には直哉がいた。
相田、相澤、芦田、池田、池上と言った具合に男子のあ行が充実していたらしく後ろの方になったようだ。
ボヘーっと全員が並ぶのを待っていると前に並んでいた女子が振り返った。
『ねぇねぇ』
『…なんでしょうか?』
清水がそう返すとびっくりする少女。
目をぱちくりさせている。
『あれ?れれれ?』
『?』
『さっき音楽室にいた子…だよね?』
『!…人違いではありませんか?』
少女はまじまじと清水を見る。
『ううん。
絶対清水さんだった。
誰にも言わないから口調さっきのに戻してよ。
あっちの方が話しやすいし。』
清水は面倒くさそうに少女を見ると1つ溜め息をついた。
『…で?
なんか用事ですかー?』
『うん!
やっぱそっちの方が良いよー♪』
ニコニコと頷く少女。
人の話を全く聞いていない。
しかし清水の冷たい目線に気がつき慌てたように話出した。
『さっき音楽室で会話聞いてて面白い子だなって思って!!
あたし佐藤怜奈。
友達になりたいなーと。』
もじもじ照れ照れしながら話す怜奈。
モテるタイプだろうなーと考える清水。
『…ほー。
で?友達って何するのー?』
『えっ?
友達は…
恋バナしたり』
『却下ー。』
『悩みとか話したり』
『却下ー。』
『…一緒に遊んだり』
『うーん微妙ー。』
『もー!!
一緒に学校楽しもうって事!!
今日から友達!!
決定ね!!』
『…んもー直哉、この子超強引なんですけどー。』
ダルくなり直哉に振る清水。
直哉は怜奈の顔をチラッと見ると納得したようにあー…と呟いた。
『佐藤は小学校の時から天然バカで有名だからな…。』
『あーぽいわー。』
『まぁ悪い奴ではないから良いんじゃね?』
『ちょっと!!
本人目の前にして堂々と酷い事言わないでよ!!
みんなに何回も言ってるけどあたしは天然じゃなくて注意力がちょっと足りないだけだからっ!!
バカじゃなくて少し知識が足りないだけだから!!』
『そう言うのを天然バカって言うんだと思うんだー。』
『もー清水さんまで!!』
コソコソと騒ぐ3人を遥か後ろからジトッと睨む潤であった。
初体験の入学式。
…全く楽しくない。
気を抜けば寝てしまいそうな校長の話は最早一時間に到達している。
…ゴンッ
『痛っ!!
寝る度に頭突きしないでよ彩!!』
『…悪かったねー。』
全く申し訳なさのない清水。
今ので頭突きした回数は二桁突入である。
やばい…まじでこれは寝る…
11回目の頭突き直前。
けたたましい女子の歓声で目が覚めた。
キャーッ!!!
「えっ?
何?
地震?」
『違うよー。
生徒会長挨拶が始まったの。
毎回こんな感じなのよー。』
壇上には雅人の姿。
女子生徒全員が黄色い声で騒ぐ理由はさっぱり分からない。
雅人の話は生徒会役員の紹介、校則の変更などサッと進んで行く。
「えーでは最後に今年の女子副会長についてですが。」
所謂姫についての説明になり女子が色めき立った。
「副会長に関してはまだ未決定の為、今学期中に決定し報告致します。
では、良い学校生活をお楽しみ下さい。」
その言葉に溜め息とより色めき立った声が体育館に響いた。
姫の決定を楽しみにしていた残念さ、自分がもしかしたら選ばれるんじゃないかと言う期待感。
それが入り混じっていた。
『…姫なんて必要かねぇー。』
『まあ、夢を見させるには良いんじゃね?
イケメン金持ちと結構なんて良い夢だろ?』
『そうかねー。』
怠げに清水は首を鳴らす。
『金持ちの嫁なんて面倒臭いだけじゃないかいー?』
『まあ政略結婚が当たり前な学校だからな。
釣書が良ければ良いって感じなんじゃね?』
『なるほどねー。』
つまんねえ人生、と呟いた清水の声は女子のざわめきに混じり消えて行った。
教室に帰ると教科書が配られ担任が話し始める。
すると前の席の清水がコソコソ振り返った。
『ねぇ、彩。
明日学力テスト午前中で終わるじゃん?
その後暇?』
『今暇じゃなくなったー。』
『もー暇なんでしょ?』
窓の外を眺めていた清水は目だけ怜奈に向けた。
『…暇だったら何かあるのかいー?』
『えっと…明日葵町に一緒に服買いに行ってくれないかな?』
『服?』
『いや、実はね…』
怜奈の話はこうだ。
怜奈の実家は県外。
毎年この時期は父親の会社が忙しい為、制服や学校用品は寮に宅急便で送り服や小物を持って新幹線で昨日寮に来た。
しかし新幹線に鞄を忘れてしまい服が昨日着てきた一着しかなく困っている…と。
『いや…まあ財布まで鞄に入れてなくて良かったねー。』
『ううん。
財布も携帯も鞄の中だよ。』
『…はあ?』
『交番に行ってお父さんに電話したら靴の中敷きの下にカード入れてあるって言われてね。』
良くある事なのだろう。
父親も準備が良い。
『だから今これなの。』
手にはプリペイド式の携帯。
『…それ昨日買ったのかね?』
『?うん。そうだよ?』
『なんでそんなボロボロー?』
『あー今日ね、携帯落としたら人に蹴られてまた蹴られて最終的に追いかけてた自分でも蹴っちゃって…。
玄関から音楽室まで蹴られ続けたんだ。』
この子が天然バカと言われる本当の理由は多分これなんだろう。
『まあ携帯の話は置いといて!!
明日学校終わったら着替えて校門集合ね♪』
『…相変わらず強引だわさー。』
清水は諦めて了承する。
同時に担任の話も終了したようだ。
「じゃーね彩ー!!
明日絶対だからねー!」
「はいはい…。」
手をヒラヒラ振りながら怜奈を見送る。
怜奈は昨日制服の予備ネクタイを落とし職員室に届いたとかで急いで教室から飛び出して行った。
帰りも行きと同じメンバーでプラプラ歩く。
「てか酷いよー!
僕だけ席めっちゃ遠いしー。」
「文句なら潤の名字に言えよ。」
「でもさー…」
「そういや清水。
明日佐藤とどっか行くのか?」
面倒になったのか清水に話を振る。
「あーなんか葵町に服買いに行くらしいよー。」
「らしいってお前…。
制服のまま?」
「あーそう言えば着替えてって言ってたかもねー。」
その言葉に直哉の眉間に皺が寄る。
「…お前まさかあのボロっちいTシャツとジーパンで行く気か?」
「そうだよー。」
「アホかてめえはああああ!!!」
突然の直哉の罵声に目をぱちくりさせる潤と清水。
「葵町は学校から近いからここの生徒大量にいるんだっつーの!!
お前お嬢様の振りしてんだろうが!!
んなダッセェお嬢様いるわけねぇだろボケ!!」
「「…すいません。」」
直哉の迫力に何故か潤まで謝ってしまう。
「いいか清水。
昼飯食ったら服買いに行く。
分かったか?」
「いや給料日明日だし…金欠だし…。」
「黙って返事しろボケ!!!」
「「はいっ!!」」
こうして服を買いに行く為の服を買いに行くというわけが分からない事になってしまった。
買い物中は省略してもいいかもしれない。
とにかく渡された物をどんどん清水が着ていくそれだけであった。
清水は一生分の体力の三分の一を使ってしまった。
「おし、帰るぞー。」
「…こんだけ頑張って結局一着も買ってないだわさー。」
恨めしげに見る清水に直哉は紙袋を突き出す。
「もう買ったっつーの。
帰るぞ。」
「あれ?支払いは?」
「もうした。」
「あざーす。」
何かムカつくなーと思う直哉だった。
生徒会室に戻ると潤の試験勉強を雅人が教えている所であった。
「「ただいま~。」」
「あっお帰り。」
「だから潤!!
てめえは何遍同じ事言わせたら気がすむんだよ!!」
「ヒイイイ!!
ごめんなさいーー!!」
その様子を見て清水は呟く。
「…スパルタですな~。」
「他人事だと思ってると思うけど清水さんと直哉はこっちだよ?」
ニコニコと翔が手招きしている。
まるで悪魔のようだと思いながらも黙って2人は席につく。
「じゃあ2人はこの数学の問題やって見て。
直哉は中3の復習。
清水さんは実力を見る為に中1の問題だから。
2人共解けなかったら今日寝かさないからね?」
確実にエロい意味ではなさそうだ。
「制限時間20分ねー。
始め。」
翔の合図で目の前の紙を裏返す。
問題を読み清水の眉間に皺が寄る。
「…え?は?
まじで?」
「まさか清水…中1の問題分かんねえの?」
直哉が清水の問題を見ようとするが翔に止められてしまう。
「直哉、見たらカンニングって事にして朝までここで勉強してもらうからね?
清水さん、どうかした?」
「いや…これ本当に中1の内容ですかー?」
「あーうちの学校進むの早いからね。
諦める?」
「…いや大丈夫ー。」
しばらく悩んだ後ガリガリとペンを走らせ続ける清水。
翔はそれを面白そうに見つめる。
直哉は
(中1の問題ってそんなに数式必要だったっけ?)
と頭を悩ませていた。
「翔、出来た。」
15分後直哉が翔に解き終えたプリントを渡す。
翔はお疲れ様ーと受け取るが未だ目は清水のプリントに向けられている。
直哉もチラッとプリントを見て目を丸くした。
翔を見ると悪戯がバレた子どものように唇に指をあて静かにと合図を送る。
「清水さんあと5分だけど大丈夫?」
「…もう…5分下さい。」
「仕方ないなぁ。
まあいいよ。」
そして10分後、解き終えた清水は机に突っ伏した。
翔は清水の解答を読み頷く。
「…うん正解。
清水さん、聞きたいんだけど。」
「なんすか~。」
「君は一体、『どこで』『誰に』勉強を教わったんだい?」
翔の言葉に清水は顔を上げる。
「独学ですけど~。」
「…僕は理事長に君に勉強させるよう懇願されてね、申し訳ないけど『絶対に解けないであろう』問題を出したんだ。」
翔は問題が書かれたプリントを持ち上げた。
「清水さん、この問題見た事あった?」
「…いや。」
「これはね、ある意味で有名な問題なんだ。
ある有名な大学でこの問題が解けたのは受験者の中で2人だけ。
大手予備校の教師陣が回答速報を作れなかった超難問としてね。」
「……。」
「ねぇ清水さん、もう一度聞くよ?
どこで誰に教わってたの?」
翔はもう笑っていない。
清水もヘラヘラした笑顔が一瞬消えた。
しかしすぐにまた、元のヘラヘラとした笑顔を貼り付ける。
「私、育てて貰った新聞屋の爺に『学校行かないなら行ってる人以上に勉強しなきゃならん。』って言われてずっと勉強させられてたんですわ~。」
「…理事長の所に新聞屋の方から君が元気か心配して電話が掛かってきたらしくてね。
新聞屋の方は『自分達は中卒だから勉強の方は教えた事がない。本人もこちらの手伝いばかりして何度か注意したが勉強している所を見た事がない。』って言ってたらしいんだ。
…それで理事長が心配して僕らに頼んできたんだよ。」
翔の言葉に今度こそ清水の顔から表情が消える。
「…どこで、誰に教わってたかなんてあんたには関係ないだろうに。」
「確かにそうだけどね。」
清水の口角が上がる。
「これ以上触れるなって…あんたには伝わってたと思ってたんだけど。」
「うん。
分かってるよ。
だけど僕も残念ながら知らなきゃ気が済まない性分なんだよね。」
清水は溜め息をつき椅子から立ち上がった。
「なら知りたかったら自分で調べて下さいなー。
どうぞ頑張って下さい。」
手をヒラヒラ振り清水は生徒会室を出て行った。
先程のやり取りによって非常に気まずい空気になった役員達を残して。
「お前…清水とあんま喧嘩すんなよ?」
「分かってるんだけどね。
気になって仕方ないんだよ。」
まるで片思い中の乙女のようなセリフだが色気の欠片もない。
「…マジでその性格なんとかした方が良いぞお前。」
雅人の呆れた言葉に翔はただクスクスと笑うだけだった。
次の日。
無事テストを終えた清水は何度も直哉に怒鳴られ身支度を済まし正門へ向かった。
「うわー彩ってば超お嬢様って感じだね!!」
「…褒められてるのか微妙だけどありがとー。」
緩く巻いた髪。
薄いメイク。
白のシフォンシャツに黒のタイ。
薄いピンクのスカート。
直哉曰わく『ザ・お嬢様』らしい。
「でも意外。
彩ってこんな格好するんだね。
あたしのイメージTシャツにジーパンだったよー。
ごめんね。」
かなり鋭い。
「まあここにいても仕方ないし行こっか♪」
「そーですね。」
いい〇も。風の返事をし清水一行は出発したのである。
女との買い物は非常につまらない。
これを今日の教訓にする事にした。
怜奈は何度も試着室を出入りしている。
店に入ってかれこれ3時間は経過していた。
しかも迷っている物が清水から見れば違いが分からない物ばかりだ。
全部買えよ面倒臭えという言葉を何度も飲み込んでいる。
「彩ーごめんね。
ずっと待たせちゃって…。」
「んー。」
最初は『全然大丈夫だから早く選んじゃいなー。』など言っていたが疲れた。
窓から見える電柱は5本だし地面の白い石が蹴られたのは78回目だ。
「本当にごめんね彩ー。」
ようやく紙袋を抱えた怜奈がやってきた。
「終わったー?」
「うん!
お詫びにクレープ奢るね!!」
(食べ物で誤魔化す気かこの糞女。)
心の中で毒づいていた事は黙っていよう。
店から出るといかにも『僕、ヤンキーです♪』という格好の奴らに絡まれてしまった。
「おねーさん達♪
どこ行くのー?」
「買い物?
俺達もつき合うよ!」
怜奈は困惑したような顔で清水とヤンキーを交互に見る。
清水は今日8回目の溜め息をついた。
「いやもう買い物終わったんで。
付き合って頂かなくて大丈夫ですから。」
そう言って怜奈の腕を掴み横をすり抜けようとするがヤンキー1に腕を掴まれてしまう。
「じゃあカラオケでも行こうよ!!
俺達奢るし?」
…なんなんだ本当に。
翔には面倒臭い質問されるし。
身支度で一時間以上直哉にはどやされるし。
怜奈には3時間も待たされるし。
極めつけがこれかよ。
「…離せや。」
「は?」
「離せっつってんだろうがああ!!」
突然清水が腕をひねった為ヤンキーの手が離れる。
背を向けたまま鳩尾に肘鉄。
相手が一瞬怯んだ隙に背中に周り首に腕をかける。
「…私、機嫌悪いんだわ。
どっか行かないなら本当にこのまま首折るわ。」
ヤンキー2が固まっている。
その間にもヤンキー1の顔はドンドン真っ赤になりもがいている。
「わっ分かったから!!」
ヤンキー2がハッとして叫んだ時にはヤンキー1の顔は真っ青に変わっていた。
清水が解放すると2人は悪役の名台詞
『覚えてろよ!!』
と叫んで走って行った。
「…大丈夫ー?」
よほど怖かったのかしゃがみこんだままの怜奈に清水は声をかける。
しかし怜奈はポカンとしたまま動かない。
「…たく。
ほら。」
清水が手を差し出すと怜奈が顔を赤らめその手を取る。
…顔を赤らめ?
あれ?
「…王子様っ!!」
「…は?」