「…彩ちゃん。
本当に勉強しなくて良いの?」
次の日。
清水は相変わらずせんべいと漫画を楽しんでいた。
「大丈夫だって~。」
「でも昨日雅やんと賭けてたじゃん。
負けたらどうすんの?
明日から学校だし明後日学力テストなんだよ?」
「明日から学校…。
あっ…。」
「?どうしたの?」
清水の何か思い出したような声に潤は問い掛ける。
「…この中で一番説明が丁寧な奴って誰ー?」
「うーんどうだろう?
直ちゃんか翔ちゃんじゃない?」
「なるほどー。
おい大村ー。
今から学校生活について案内がてらキッチリ説明しなさい。」
「はあ!?
んなもん中学とあんま変わんねーっつーの。」
「私戸籍ないから義務教育受けてないんだわー。
中学も小学校も経験してないから全然分かんないんだよねー。」
「…はぁ?」
「えっ?彩ちゃんどういう事?」
頭にハテナマークが浮かんでいる直哉と潤。
ハッとしたように翔を見る雅人。
翔は面白そうに清水を見る。
「親が出生届け出してないんだわー。
というわけで学校について丁寧に説明して下さいな~。」
「…そういう事情なら…ほら行くぞ。」
「あっ僕も行くー。」
3人がバタバタ出て行くと雅人が翔に話し掛ける。
「…お前の予想通りだったみたいだな。」
「そうだね。
…昨日の会話聞かれちゃったのかな。」
「?どういう事だよ。」
翔は手を頭の後ろで組み背もたれに深くもたれると目を閉じた。
「…多分今のは牽制だと思うよ。
『ここまでは喋ってやるからこれ以上は触れんじゃねぇ。』って言うね。」
「…お前の考え過ぎじゃねぇの?」
いや、と言いながら翔はほほえむ。
「…他人の目に威圧感を感じたのは生まれて初めてだよ。」
部屋を出て行く時、はっきりと清水と目があった。
生まれて初めてあんな冷たい目をみたのだ。
「まぁこれで何か隠してる事ははっきり分かったね。」
俄然やる気になりパソコンに向かう翔を見て雅人は大きく溜め息をついたのだった。
「あー朝来たらとりあえずここで靴を履き替える。」
清水は昇降口で学校の説明を受けていた。
「何にー?
スリッパ持って来たらいいのー?」
「いや、お前理事長から学校用品一式届いてただろうが。
あん中に上履きもあっただろ?」
「あーあの大量の荷物ねー。
まだ開けてないわー。」
「はあ!?」
直哉は頭を抱える。
「…お前制服とか着てみてないの?」
「えー?
どうせ明日着るからいいじゃんー。」
「サイズ違ったらどうすんだよ!!
今日はもう帰るぞ!!
とりあえず荷物開けに行く!!」
「えー明日からどうするのよー。
学校全く分かんないのにー。」
「…タメだから明日俺達も一緒に行く。
どうせ入学式は出なきゃならんかったし。」
「おーありがとー。」
そんな2人の様子を潤がニコニコと見つめる。
本当は生徒会は会長以外式にも出なくて良いのだ。
「…素直じゃないなぁ。」
スゥっと息を吸い込むと2人の背中に向かって声をかける。
「僕も明日一緒に行くー!!」
「おー助かるわー。
ありがとー。」
「…俺明日お前らのお守り決定じゃねぇか。」
「お守りって酷いよ!!」
3人でギャイギャイ騒ぎながら生徒会室に戻る。
学校が楽しみなんて何年ぶりだろう。
潤はそんな事を考えていた。
「…お前それはダサい。
ない。
今時ない。」
「えー?
この制服着こなし例を忠実に再現したのにー。」
ボタンはキッチリ上まで閉める。
ネクタイもキッチリ。
髪は三つ編み。
スカートはひざ下。
靴下は三つ折り。
「時代錯誤かっつーの!!」
「えー?
潤ダメかなー?」
「うん…。
さすがにないかな…?」
「まず三つ編みすんな!!
毎朝寝癖直してとりあえず明日はストレートで行け!!
スカートは俺が裾上げしてやるから出せ!!
ボタンは2つ目まで開けろ!!
靴下は折るな!!ダメ絶対!!」
「命令が多いわー。」
そろそろ面倒くさくなっている清水。
「…分かった。
明日朝早めに制服持って俺の部屋来い。」
「えー襲われちゃうパターンー?」
「誰がてめぇなんか襲うか!!」
「じゃあ僕この間姉貴が忘れて行った化粧品あるから化粧してあげるー。
僕も直ちゃんの部屋行くねー。」
「あー姉貴いそうだわー。
虐げられてそうだわー。
つか化粧とか面倒くさいじゃんーいらないよ~。」
「彩ちゃん一応華の女子高生なんだよ?
うちの学校服とか髪には緩いからうっすらでも化粧してないと逆に悪目立ちするよ?」
「目立つのは嫌だねー。
じゃあお願いするわー。」
「ふふっ。
りょーかいっ!!」
次の日。
朝の4時から掃除と洗濯をし朝ご飯を食べ終えると直哉の部屋に向かう。
入った瞬間
「…とりあえずお前朝行く前毎日風呂入れ。」
と言われ風呂に押し込まれてしまった。
確かに埃と泥塗れだ。
シャワーを浴びさっぱりした所で制服を着て部屋に戻る。
着こなしに散々罵声を浴びせられ直され椅子に座らされ顔を潤に、髪を直哉にいじられる。
「つかお前前髪長すぎ。
切るからな!!」
「彩ちゃんこれからは眉毛位整えようね?」
「まるで人形の気分だわさー。」
「もう!!
彩ちゃん動かないで!!」
「熱っっ!!
清水アイロン使ってんだから動くなボケ!!!」
ちょっと伸びをしただけなのに散々な言われようだ。
朝の準備って命がけだわさ~と呟き大人しくする清水であった。
「翔ちゃん雅やん!
見てみて!!」
そう言われて生徒会室に押し込まれる清水。
顔には疲労の色が見える。
「へー変わるものだねー。」
「…お前ら凄いな…。
清水が可愛く見える…。」
その言葉に潤と直哉が抱き合う。
あの酷い着こなしからここまで変化させられたお互いを褒めあっている。
サラサラの真っ黒な髪。
うっすらと化粧されている顔。
膝上のスカートから覗く細い脚。
どこからどう見ても女子高生だ。
普段の寝癖が当たり前、しかも伸ばしっ放しで目が隠れていた髪にスッピン。
よれたTシャツにGパンからかなりの変化である。
「でも彩ちゃん勿体無いよー。
素材は良いんだからちゃんと整えた方が良いよー。」
「…毎日こんな事出来る奴らが私には信じられないわー。」
「慣れたらそんな時間かかんねーよ。」
「清水さん思ったより目大きいんだね。」
「普段から見てらっしゃるでしょーに。」
「普段は前髪でほとんど隠れてたからさ。」
「つかお前カバンに何でぽたぽた焼き入れてんだよ!!
馬鹿かお前!!」
ぽたぽた焼きをとられ変わりにポッキーを入れられる。
「食べる物まで制限されるとはー。」
「しかもなんだよコレ!!」
「えっ週刊〇春ー。」
ポイッと週刊〇春が投げられ変わりに女子高生に大人気らしいファッション雑誌が入れられる。
「…誰がこんなの読むのかね?」
「お前はこれをキッチリ読んで勉強しとけ!!
…よしこれで変な物入ってねぇな。
さっさと行くぞ!」
「「あいあいさー。」」
「行ってらっしゃい。」
「頑張れよー。」
3人は元気良く学校に出発したのであった。
学校に近付くにつれ3人の姿を見た生徒にヒソヒソ言われるようになっていた。
『何あの子…。
ブサイクな癖に潤様と直哉様と一緒だなんて…。』
『身の程知らずにも程があるわよね?』
「ブサイク言われたー。」
ケラケラ笑う清水に潤が申し訳なさそうに謝る。
「ごめんね彩ちゃん。
僕達が一緒だから…。」
直哉も気にしているのか浮かない表情である。
「てかさー悪口も丁寧だねー。」
「「は?」」
「いやー『悪口言いますわよ』みたいなー。」
「…さっぱり意味分かんねえ。」
「あっ、言葉遣いの事?
一応ここお金持ちの子息令嬢が多いからね。」
「なるほどー。」
「そう言えばこの学校だと女子は彩ちゃんみたいに普通の口調の子って珍しいかもね。」
「えー浮いちゃう感じー?」
「そこは分かんねえけど確かに珍しいわな。」
「まじか~。」
面倒くさそうに眉間に皺を寄せた後、清水はスッと背筋を伸ばした。
いつものダルそうな歩き方をやめゆったりと歩き始める。
「…何やってんだお前?」
雅人が訝しげに声をかけると清水がゆっくり振り返った。
「何の事でしょう?」
その声に一瞬聞き間違いかと混乱してしまう。
凛とした透き通った声。
令嬢が多いこの中でも一際淑やかな所作。
これではまるで…。
そんな直哉の表情を見てフワッと笑うと口を開いた。
「さあ、参りましょうか。
直哉様、潤様。」
これではまるで本当にお嬢様じゃないか。
『…お前何者だよ?』
『んー?
郷に入れば郷に従え。
お嬢様に混じればお嬢様になれー。
悪目立ちしたくないからねー。』
ある意味さっきより目立ってるよと言おうとして潤は口を噤んだ。
それまでに圧倒的なのだ。
本物のお嬢様の中で『偽物』の筈の彼女が放つオーラは本物以上だったのだ。
「…彩ちゃんって本当にお嬢様だったりしないよね?」
『んなわけないでしょー。
偽物よ偽物ー。』
クスクスと清水が笑う。
その動作さえ綺麗すぎてどぎまぎしてしまう。
『…偽物は得意なんだよ。』
潤は清水の口調が変わった事には気づかなかった。
「んでここがお前の席。
担任来るまでのんびり座っときゃ良いから。」
「ありがとうございます大村様。
お手間をかけさせてしまい申し訳ありませんでした。」
その言葉に直哉の腕には鳥肌が立っている。
『…お前その口調どうにかなんねえのかよキモい。』
『校内では永遠にこれで行くよー。
私も嫌だけどねー。』
トイレ行ってくるーと潤と直哉が行ってしまい清水はする事もなく窓の外を見た。
(暇だな…。)
「ねえあなた。」
(週刊〇春も取られちゃったわけだし。)
「ちょっと?聞いてるの?」
(ぽたぽた焼きもまたしかり。)
「あなたよ清水!!」
(これは頭の中でしりとりでもするか…。)
「いい加減にしなさいよ!!」
グイッと腕を掴まれようやく話しかけられている事に気がつく。
(えっ?誰?)
机の周りを女子7人に囲まれていた。
潤と直哉が教室に戻ってくると何やら騒がしい。
「!直ちゃん!彩ちゃん囲まれてる!!」
「あなた直哉様や潤様に近付くなんて何様のつもりですの?」
「身の程知らずなのよ!!」
「うふふ。震えてるなんていい気味ね。」
潤が慌てたように直哉の袖を引っ張る。
「直ちゃん!助けなきゃ!」
ハッとした直哉は急いで助けに行こうとした。
…が、やめた。
「…大丈夫だろ。」
「!何言っちゃってんの!?」
一瞬女子の隙間から見えたのだ。
涙を浮かべ顔を真っ赤にし肩を震わせ俯き
大爆笑をこらえている清水の姿が。
清水はふーっと息を吐くとようやく顔を上げた。
(ようやく笑いこらえられたのか…。
いやまだダメだろ!?
口の端ヒクヒクなってんじゃねぇか!!
絶対バレるだろ!!)
心の中で直哉が盛大に突っ込むが興奮している女子にはバレていないらしい。
清水がスッと立ち上がる。
目の前に立っていた女子はその威圧感に後ずさった。
‘「なっなんですの?」
清水はフワリと微笑むと恭しく頭を下げた。
「初めまして。
私、理事長様の下で使用人として働かせて頂いております清水彩と申します。」
「しっ使用人?」
「えぇ。
私に世間を勉強するようにと、理事長様にお父様がお願い致しまして。
私が海外にずっといましたので日本の学校について分からず困ってしまった所、理事長様の計らいで大村様方に案内をして頂いておりました。」
「…嘘八百ってまさにこの事だよねー。」
「態度から話す内容まで全てが嘘だもんな…。」
「あら…そうでしたの?」
「そう言う事でしたら…ねえ?」
「あっ騙されちゃった。」
「騙されたな。」
「この度は不愉快な思いをさせてしまいまして申し訳御座いません。」
「こちらこそ…事情も知らず申し訳なかったわね。」
「行きましょう…ね?」
それを見送り教室を出て行く清水。
直哉と潤も急いで追いかける。
廊下の端にあった音楽室に飛び込み扉を閉めた。
「フハッ…ギャハハハハ!!!」
「…直ちゃん。
これはどういう状況?」
「ずっと笑いこらえてたんだから今だけ許してやれ…。」
わけが分からない潤と呆れている直哉。
ヒー死ぬーとお腹を抱える清水。
10分程笑い続けると余程苦しかったのかゼイゼイと肩を上下させている。
「…なにがそんなに楽しかったの?」
「いやー。
目の前で罵声を浴びせられてるのにお嬢様口調だから面白くなってきてさー。
あーヤバかったー。
いきなりお嬢様生活終わる所だったわー。」
「…笑い終わったなら行くぞ。
そろそろ担任来ちまうし。」
3人はぞろぞろと音楽室を後にする。
音楽室に先客がいたのに気付かずに。
「お前ら全員名前順に廊下に並べー。
今から体育館行って入学式だからな。」
やる気なさげに入って来た担任に促され廊下に並ぶ。
(清水だからー…。
結構前の方だね~。)
清水の横には直哉がいた。
相田、相澤、芦田、池田、池上と言った具合に男子のあ行が充実していたらしく後ろの方になったようだ。
ボヘーっと全員が並ぶのを待っていると前に並んでいた女子が振り返った。
『ねぇねぇ』
『…なんでしょうか?』
清水がそう返すとびっくりする少女。
目をぱちくりさせている。
『あれ?れれれ?』
『?』
『さっき音楽室にいた子…だよね?』
『!…人違いではありませんか?』
少女はまじまじと清水を見る。
『ううん。
絶対清水さんだった。
誰にも言わないから口調さっきのに戻してよ。
あっちの方が話しやすいし。』
清水は面倒くさそうに少女を見ると1つ溜め息をついた。
『…で?
なんか用事ですかー?』
『うん!
やっぱそっちの方が良いよー♪』
ニコニコと頷く少女。
人の話を全く聞いていない。
しかし清水の冷たい目線に気がつき慌てたように話出した。
『さっき音楽室で会話聞いてて面白い子だなって思って!!
あたし佐藤怜奈。
友達になりたいなーと。』
もじもじ照れ照れしながら話す怜奈。
モテるタイプだろうなーと考える清水。
『…ほー。
で?友達って何するのー?』
『えっ?
友達は…
恋バナしたり』
『却下ー。』
『悩みとか話したり』
『却下ー。』
『…一緒に遊んだり』
『うーん微妙ー。』
『もー!!
一緒に学校楽しもうって事!!
今日から友達!!
決定ね!!』
『…んもー直哉、この子超強引なんですけどー。』
ダルくなり直哉に振る清水。
直哉は怜奈の顔をチラッと見ると納得したようにあー…と呟いた。
『佐藤は小学校の時から天然バカで有名だからな…。』
『あーぽいわー。』
『まぁ悪い奴ではないから良いんじゃね?』
『ちょっと!!
本人目の前にして堂々と酷い事言わないでよ!!
みんなに何回も言ってるけどあたしは天然じゃなくて注意力がちょっと足りないだけだからっ!!
バカじゃなくて少し知識が足りないだけだから!!』
『そう言うのを天然バカって言うんだと思うんだー。』
『もー清水さんまで!!』
コソコソと騒ぐ3人を遥か後ろからジトッと睨む潤であった。
初体験の入学式。
…全く楽しくない。
気を抜けば寝てしまいそうな校長の話は最早一時間に到達している。
…ゴンッ
『痛っ!!
寝る度に頭突きしないでよ彩!!』
『…悪かったねー。』
全く申し訳なさのない清水。
今ので頭突きした回数は二桁突入である。
やばい…まじでこれは寝る…
11回目の頭突き直前。
けたたましい女子の歓声で目が覚めた。
キャーッ!!!
「えっ?
何?
地震?」
『違うよー。
生徒会長挨拶が始まったの。
毎回こんな感じなのよー。』
壇上には雅人の姿。
女子生徒全員が黄色い声で騒ぐ理由はさっぱり分からない。
雅人の話は生徒会役員の紹介、校則の変更などサッと進んで行く。
「えーでは最後に今年の女子副会長についてですが。」
所謂姫についての説明になり女子が色めき立った。
「副会長に関してはまだ未決定の為、今学期中に決定し報告致します。
では、良い学校生活をお楽しみ下さい。」
その言葉に溜め息とより色めき立った声が体育館に響いた。
姫の決定を楽しみにしていた残念さ、自分がもしかしたら選ばれるんじゃないかと言う期待感。
それが入り混じっていた。
『…姫なんて必要かねぇー。』
『まあ、夢を見させるには良いんじゃね?
イケメン金持ちと結構なんて良い夢だろ?』
『そうかねー。』
怠げに清水は首を鳴らす。
『金持ちの嫁なんて面倒臭いだけじゃないかいー?』
『まあ政略結婚が当たり前な学校だからな。
釣書が良ければ良いって感じなんじゃね?』
『なるほどねー。』
つまんねえ人生、と呟いた清水の声は女子のざわめきに混じり消えて行った。
教室に帰ると教科書が配られ担任が話し始める。
すると前の席の清水がコソコソ振り返った。
『ねぇ、彩。
明日学力テスト午前中で終わるじゃん?
その後暇?』
『今暇じゃなくなったー。』
『もー暇なんでしょ?』
窓の外を眺めていた清水は目だけ怜奈に向けた。
『…暇だったら何かあるのかいー?』
『えっと…明日葵町に一緒に服買いに行ってくれないかな?』
『服?』
『いや、実はね…』
怜奈の話はこうだ。
怜奈の実家は県外。
毎年この時期は父親の会社が忙しい為、制服や学校用品は寮に宅急便で送り服や小物を持って新幹線で昨日寮に来た。
しかし新幹線に鞄を忘れてしまい服が昨日着てきた一着しかなく困っている…と。
『いや…まあ財布まで鞄に入れてなくて良かったねー。』
『ううん。
財布も携帯も鞄の中だよ。』
『…はあ?』
『交番に行ってお父さんに電話したら靴の中敷きの下にカード入れてあるって言われてね。』
良くある事なのだろう。
父親も準備が良い。
『だから今これなの。』
手にはプリペイド式の携帯。
『…それ昨日買ったのかね?』
『?うん。そうだよ?』
『なんでそんなボロボロー?』
『あー今日ね、携帯落としたら人に蹴られてまた蹴られて最終的に追いかけてた自分でも蹴っちゃって…。
玄関から音楽室まで蹴られ続けたんだ。』
この子が天然バカと言われる本当の理由は多分これなんだろう。
『まあ携帯の話は置いといて!!
明日学校終わったら着替えて校門集合ね♪』
『…相変わらず強引だわさー。』
清水は諦めて了承する。
同時に担任の話も終了したようだ。
「じゃーね彩ー!!
明日絶対だからねー!」
「はいはい…。」
手をヒラヒラ振りながら怜奈を見送る。
怜奈は昨日制服の予備ネクタイを落とし職員室に届いたとかで急いで教室から飛び出して行った。
帰りも行きと同じメンバーでプラプラ歩く。
「てか酷いよー!
僕だけ席めっちゃ遠いしー。」
「文句なら潤の名字に言えよ。」
「でもさー…」
「そういや清水。
明日佐藤とどっか行くのか?」
面倒になったのか清水に話を振る。
「あーなんか葵町に服買いに行くらしいよー。」
「らしいってお前…。
制服のまま?」
「あーそう言えば着替えてって言ってたかもねー。」
その言葉に直哉の眉間に皺が寄る。
「…お前まさかあのボロっちいTシャツとジーパンで行く気か?」
「そうだよー。」
「アホかてめえはああああ!!!」
突然の直哉の罵声に目をぱちくりさせる潤と清水。
「葵町は学校から近いからここの生徒大量にいるんだっつーの!!
お前お嬢様の振りしてんだろうが!!
んなダッセェお嬢様いるわけねぇだろボケ!!」
「「…すいません。」」
直哉の迫力に何故か潤まで謝ってしまう。
「いいか清水。
昼飯食ったら服買いに行く。
分かったか?」
「いや給料日明日だし…金欠だし…。」
「黙って返事しろボケ!!!」
「「はいっ!!」」
こうして服を買いに行く為の服を買いに行くというわけが分からない事になってしまった。