……ねぇ、起きて……

……宗 時間よ ほら 起きて 宗……



聞き覚えのある声に揺さぶられ、混濁した意識の中から抜け出し覚醒しようと

するのだが、どうにも目を開けることができなかった。

宗と呼ぶ声が、私の耳に心地良く響く。

あぁ、彼女だと思った。

求めた柔肌に触れたような気もするが、彼方の記憶は曖昧で不確実な感覚で

しかない。

こんな早く、どこへ行くのだろう。

また、朝早く帰るつもりだろうか。

何度目かの呼びかけに、ようやく薄く目を開け返事をした。



「……珠貴か……そんなに急がなくても送っていくよ」


「ふふっ、タマキさんってどなたなの? ねぇ、聞かせてよ」



突然現実のものとなった声に私は飛び起きた。

そこには、口元を意地悪く緩ませ、親しげに私を見つめる静夏 (しずか) 

の顔があった。



「だぁれ? 教えて」


「おまえには関係ない」


「ふぅん……まぁいいわ。とにかく起きて。ほら、急がなくちゃ遅れるわよ」



クローゼットを開け、手馴れた様子で私の服を選び出していく。

カフスが増えたわね、珍しいデザインね、などと聞こえてきたがそれには

応じず、私はシャワーブースへと歩き出した。



熱いシャワーが気だるさを残した体に降り注ぎ、少しずつ目覚めへと導いて

くれた。

髪をかきあげ、顔を乱暴に洗いながら、交錯した思考を立て直す。

徹夜になった仕事にめどがついたのは昼前だった。

ふらついた体を横たえるために帰宅すると、玄関で出迎えてくれたのは

ひろさんではなく静夏だった。



「おかえりなさい」


「どうして毎日ここに来るんだ。家に帰ればいいだろう」


「だって、宗のマンション、便利なところにあるんだもの。いいじゃない」


「俺は寝る。夕方起こしてくれ」



そうだ、起こしてくれと頼んだ覚えがある。

しかし、よりによって珠貴の名を口走るとは……

おぼろげな記憶がだんだん明らかになっていく。


徹夜で疲れきった体はすぐにでも睡眠を必要としていたが、動かし続けていた

頭は冴え冴えとし、解決できなかった懸案事項がフラッシュバックする。 

頭の隅々にまで文字が広がり、なかなか睡眠へと入ることができなかった。

ようやく意識が薄れ、現実と夢の狭間を彷徨いだしたころ珠貴の姿が

浮かんできた。

妖艶に私を誘い、首に回された腕に引寄せられた。

彼女の肌に溺れるように挑み……

そのあとの夢の記憶はと探してみるが、もうどこにも残ってはいなかった。

艶やかな珠貴の肢体が絡みついた錯覚を振り払うように、水に切り替えた

シャワーを全身に浴びた。