本来の今日の予定は、朝食会という名の打ち合わせのあと成田へ行き、
来日していた海外の取引先の重役を見送り、午後3時から会議がひとつ。
夜は相手次第の会食になるのか否か、というところだった。
空港でのランチタイムが、唯一ホッとできる時間だったはず……
それが平岡のひとことで半日の休暇となり、いつもの起きる時刻を過ぎても
ベッドの中で寝返りを打つ緊張感のない朝を迎えていた。
ドアをノックする音がして、ひろさんの控えめな声が聞こえてきた。
「お食事の用意ができました」
「いま行きます」
軽い空腹を感じていたこともあり、勢いよくベッドから抜け出した。
今日の休暇は平岡に感謝するべきなのだろうが、素直になれない私は
「わかった……」 と了承するまで、彼と掛け合いをすることになった。
昨日、平岡に翌日の予定の確認をしたときだった。
「夜の会食は先方の都合でキャンセルになりました。
午後の会議ですが、翌日に変更することも可能です。
明日は成田へは直接行かれて、そのあと休暇をとられてはどうでしょう」
「私の都合で変更するわけにはいかない。気にするな」
「いえ、その方がみなさん、お喜びになられるかと……」
怪訝そうな顔を平岡に向けると、彼はしたり顔になった。
「社長は午後から会合で社外へ、副社長は特別休暇。
重役のみなさまも気持ちが休まるかと思いますが」
「平岡、それは、おまえも含めてということか」
「そうともいえますね」
ニヤリと上目遣いの彼を睨んだものの、彼の言い分がわからなくもなかった。
時には張り詰めた空気の入れ替えも必要だと言いたいらしい。
「そうだな、たまにはそんな時間も必要かもしれない。わかった、明日は休む。
その代り君も休暇を取るように。いいな」
「ですが……」
「おまえがいなけりゃ、秘書室だって空気が和むかもしれないじゃないか」
「先輩、それはあんまりです。僕がいつ」
とたんに先輩後輩になった平岡との会話は、私たちを昔に戻した。
「明日は、珠貴さんも休みだそうですよ」
「知ってるよ」
「じゃぁ、どうして。先輩、素直じゃないですね」
「素直じゃないのは昔からだ」
「知ってます」
気の置けない応酬を何度か繰り返し、彼も休むと言わせたことで一件落着した。
午後から休暇が取れたことを珠貴に連絡しようと思ったが、ランチのおりに
伝えれば良いかと思いなおし、いったん開いたメールを閉じた。
偶然だが、女も海外に旅立つ家族の見送りに成田へ行くことになっていると
聞き、昼食を一緒にと約束をしていたのだった。