ジェラートのシャリシャリとした食感は口当たりが良く、ラム酒の香りが

鼻を抜け、甘さが程よく交じり合う一品だった。 

彼女の高ぶった心も冷ましたのか、先ほどまで何かを抱えていたように見えた

珠貴は、いつもの怜悧な顔になっている。

昨日、メールや電話で感じた不安げな様子は微塵もなかったが、澄ました顔で

ジェラートを口に運ぶさまは、強がっているように見えなくもない。


階段を昇りきったとき、勢い良く引き上げた腕のせいで珠貴は私の胸に

飛び込んできた。

しばらく胸元に顔をおいていたが 「ありがとう」 と微笑むと、さっと

身を翻し腕から離れていった。

あの一瞬で気持ちを切り替えたのだろうか。

もう少し頼ってもらっても良かったのにと残念な気もしたが、私の腕の中で

落ち着きを取り戻したのならそれもいい。

初めて出会ったときもそうだった。

彼女の持つ潔さは、私を強烈に惹きつけるのだった。



「この味も本場と同じ味がするの?」


「えぇ、同じよ。私、好きだわ。

アイスクリームより脂肪分が少ないから、夜のデザートにピッタリなの」


「これなら胃にもたれることもないね」


「そうね……急に呼び出したりしてごめんなさいね。

お忙しかったのでしょう?」


「いや、用事はすんだ。気にしないでくれ。

皺だらけの年寄りと差し向かいで飲むより 

君とジェラートをつつく方がいい」


「まぁ、宗一郎さんったら」



口元を押さえて、さも楽しそうに珠貴が笑う。

彼女の笑顔が見られただけで、ここに来た甲斐があったのかもしれない。

サクライ産業に関する資料だ、君の好きなように使ってくれと差し出すと、

ありがとうございます。でも……そう言ったっきり顔が曇った。

私は珠貴を見て見ぬ振りをした。


大よその見当は付いていた。 

彼女の気持ちと、親や相手側の思惑が大きく食い違っているのだろう。

やるせなさを抱え、つい私にメールしたのではないか、そう思っていた。

誰でもない、私を思い出してくれたことが嬉しかった。



「櫻井だが、明日の新聞にも載るだろうが不正が発覚した。

今後数ヶ月は揺れるだろう。どこの企業にも影の部分はある。

それが表に出たとき、どれほど持ちこたえられるか、踏ん張れるのか、

その力が将来を見極める基準になると思う」


「まぁ、内部告発でもあったのかしら」


「そんなところだろう。

逆の見方をするなら、君が断るのにこんなにいい機会はない」


「そうですね……不正が本当なら、両親の気持ちも変わるかも」



珠貴の手入れの行き届いた指がメモリーカードを受け取ると、カバンの中に

しまい込んだ。