彼の姿を見たのは偶然だった。
信号待ちで目にした数メートル前の路肩に止まっている車は、大きさから見て取締役クラスが使う社用車だろうか、後部座席には歳を重ねた恰幅の良い男性がいて、運転手は……
そんなことを考えていると、運転席のドアが開き運転手らしき男性がおりてきた。
やっぱり……と自分の勘があたったことに満足し、そのまま通り過ぎるつもりだった。
彼の顔さえ見なければ、前だけを見て滑るように走り去り、私たちは再会することはなかっただろう。
運転手に続いて後ろから降りてきた男性の顔に見覚えがあった。
確かあのとき……そう思った瞬間、私はブレーキを踏んでいた。
「どうなさいました? お困りのようですけれど」
「パンクですよ」
左のウィンドゥを開け、のぞきこむように見た私の問いかけに答えたのは運転手ではなかった。
後部座席に座るにふさわしいなりの、しかし、私が想像したような年配の男性ではなく、まだ30歳を少し過ぎたほどの、すっきりとスーツを着こなした男性だった。
「お急ぎではありませんか? よろしければお送りいたしましょうか」
私の顔を知っていたのか、振り向いた顔が一瞬だけ驚いたがすぐに表情を戻し、男性にしては柔らかな微笑を見せてくれた。
「助かります。ここはタクシーも通らないのかと、ぶつくさ言っていたところです」
そう言うと、ためらいや遠慮も見せず、彼は私の車に乗り込んできた。
行き先を聞くと、グループ会社の総会会場のホテルだという。
取締役である彼が遅れるわけにはいかないようだ。
渋滞になりつつある道に見切りをつけ、私は勢いよくハンドルを回した。