エレベーターの中というのは、秘密の会話が行われる場所なのかもしれない。
閉鎖された空間には、どこにも逃げ場はなく、問われて答えられる質問なら
良いが、そうでなければ沈黙になり気まずさが漂うだけ。
彼はそれを知っていて聞いてきたのだろうか。
「あなたと近衛は、本当に友人ですか。
私には、その……浅からぬ付き合いに見えますが……
なんて言ったらいいのかな、昨日今日の付き合いじゃないっていうのか」
「狩野さんの目には私たちがどう映ったのかしら。お聞きしたいものですわ」
「すみません。お客様に対して踏み込んだことを申しました。
近衛が一緒にいた女性だということで、つい……」
いつもは有能なホテルマンなのだろうが、このときの狩野さんは私への興味に
勝てなかったのか、言葉遣いさえも違っていた。
「宗一郎さんがおっしゃったとおり、友人という言葉が一番当てはまるかも
しれません。
私たち同じ立場ですから、何かと話が合うみたいで」
「それにしては親しげに見えました。
名前で呼び合うなんて、よほど気を許しているのだろうと……
その、私は近衛の性格を知っています。アイツは滅多に自分を曝け出さない。
それなのに、あなたにはありのままの姿を見せていた」
「それは私という人間に気配りをしなくてよいと判断されたのでしょう。
人は損得で物事を判断するもの。
私にはその必要がない。それだけです、きっと……」
「それだけですか」
「えぇ……」
宗一郎さんを介抱したこと、 このホテルの副支配人でもある狩野さんを
紹介されたのは二週間前だった。
今年三度目の見合いのためにここを訪れた私は、多少の遅れもあり先を急いで
いるところに、須藤様……と抑えた声に呼ばれ振り向くと、フロントにいた
狩野さんが駆け寄ってくるのが見えた。
先日の友人の看病の礼を伝、 どちらへ? と聞かれたため、目的の部屋を
告げると、案内しますと言いながら、半ば強引についてきたのだった。
途中すれ違う従業員は、例外なく狩野さんへ深めの礼をして通り過ぎる。
中には立ち止まり、私たちが通り過ぎるのを待っている者さえいた。
それは、彼が次期後継者であると同時に、部下から敬われている証拠でも
あるように見受けられた。
狩野さんもまた、宗一郎さんと同じ物を背負っている人なのだ。