珠貴と二度目の会食のため早い時刻にレストランのドアを開けると、
約束どおり現れた私たちを、変わらぬ笑みで老齢のギャルソンが迎えてくれた。
携帯が着信を告げたのか、入ってすぐ席をはずした珠貴の背中を見ながら、
彼女と会う機会をこれほど早く得るとは羽田さんに感謝ですよ、
と冗談ごかして伝えると、
「それはようございました。お役にたてて嬉しく存じます」
いつもは見せない笑みとともに嫌味のない返事が返ってきた。
彼にしては珍しく連れの素性を聞いてきたのは、珠貴の印象がよほど
良かったのだろう。
連れている女性を彼に認められたことで、私は面接を無事に済ませた
学生のように安堵した。
二度目の会食にもうアルコールの問いはなく、珠貴の好みも客の情報として
蓄積されたのか、よどみなく料理の説明をすると、彼はほどなくテーブルを
離れた。
「いつもご馳走していただくばかりで申し訳ないわ」
「そんなことはない。
これは君の口封じだからね、受け取ってもらわなくては困る」
「口封じ? なんの?」
「俺が飲めないことを珠貴が知ってるってことさ」
「そんなこと、誰にも言ったりしないのに……私だって同じですもの」
「男と女では違う」
「そうね。あなたの場合、特にそうでしょうね……
俺っておっしゃるのね。宗一郎さんのお顔と結びつかない言葉だわ」
「珠貴に今更気取っても仕方ないじゃないか。これも黙っててもらおうか」
「はい、承知いたしました」
彼女は年嵩の女性のように深々と頭を下げたあと、舌を出して肩をすくめた。
私がアルコール抜きの食事を楽しむことのできる相手はそういない。
珠貴に自分はアルコールを受け付けない体質であると打ち明けたことは、
思いも寄らぬ結果をもたらした。
ワイン抜きでフレンチを味わうなど言語道断といわんばかりの連中との会食は、
食事を楽しむどころではない。
礼儀としてワインを選び、知識で得たワインの特徴を舌に乗せるといった
儀式めいた手順を踏まなければ食事にありつけないなどとは、苦痛以外の
何ものでもなかった。
それゆえ珠貴との会食は、今までの気負いをすべておき、心置きなく食事を
楽しむことができた。
「小栗さん、入院したそうだ」
「そうらしいですね。国会も近いし、まさか逃亡するわけにもいかないでしょう」
「病人に離婚届を書かせるわけにもいかずってところか」
「えぇ、でも時間の問題でしょうね。
入院が長引けば議員生命にも関わってきますもの」
「どちらにしても彼の負けってところだな。珠貴の予言が的中したね」
「予言じゃありません、推測です。魔女みたいに言わないで」
「はは……魔女か」
「また笑うのね。宗一郎さんって、そうやって私をいじめて
楽しんでいるんでしょう」
アスパラガスに突き刺したフォークを抜き、私へ突き刺す仕草をする。
隙のないテーブルマナーの中に時折見せる珠貴の遊び心は、常に緊張を
強いられる私の心を和ませてくれた。
「サカキとの契約を終了した途端、いろんなところが接触してきたよ。
どこだと思う?」
「そうねぇ……」
もう一度アスパラガスにフォークを当て、適当な大きさに切りながら、
珠貴がいくつかの企業の名を挙げていく。
そのどれもが外れることなく、またも私を驚かせた。