ダウンライトの淡い灯りのもと、宗の背中が輝いて見えた。
滲んだ汗に灯りが反射したのだと気がついたのは、寝返りをうち、
うつぶせになった時だった。
なんて綺麗な背中なのかしら。
背中の窪みに指を這わせ、筋肉の隆起を感じとりながら腰まで降り、
また上へと指を滑らせた。
もっと眺めていたいのに、日付けが変わる前に帰らなくては……
私が決めたタイムリミットまであと30分。
きっと彼は私を引き止めるだろうから、ベッドをでるまでに10分、
シャワーに数分、身支度を整えるのに……そうね5分もあれば充分。
残りの5分は、別れを惜しむ時間……
起き上がりかけた私の腕を、思ったとおり宗が引き寄せた。
ダメよ、もう時間なの、と同じ言葉を三回は言ったはず。
なかなか腕の中から開放してくれず、わざと私を困らせるように胸に抱え込む。
「クリスマスイブに、何をそんなに急ぐ。
明日の明け方、いつものように送るよ」
「朝では間に合わないの。夜中に動かなきゃ意味がないのよ」
「サンタにでもなるのか?」
「そう、今夜の私はサンタクロースよ」
「誰のためのサンタなんだ? 俺じゃなさそうだが」
「妹よ、妹のためのサンタクロースなの。
イブの夜は両親がパーティーに行くことが多くて、
ずっと私がプレゼントを預かってきたの。
だから、真夜中にツリーの下においておかなくちゃ」
宗が予想通りの顔をした。
まさか、まだ信じてるって言うんじゃないだろうねと、呆れた顔をしている。
「さぁ、どうかしら。あの歳になっても喜んでくれるんだから、
もしかして信じているかもね」
「演技に決まってるだろう。中学生にもなってサンタを信じているとは思えない」
「そうでしょうね。でも妹が否定しない限りこのセレモニーは続くの。
たまにはプレゼントごっこも必要なのよ」
「静夏なんて可愛げのないものだった。
早々とサンタの正体を知って、クリスマスにはここぞとばかりに
プレゼントの催促だ。
去年まで欲しい物をねだられていたが……
そういえば今年は催促がなかったな」
私の胸を指でなぞりながら、静夏ちゃんからなぜプレゼントの催促がないの
かと思案気だったが、クリスマスの頃は、オーストリアにスキーに行くと
言っていたから忘れているのだろうと、自分を納得させる理由を思い出した
ようだ。
プレゼントを贈ってくれる素敵な男性が現れたのよと言いかけて、
兄には辛い現実かもしれないと思い直し、私は返事を控えた。
知弘叔父のメールに、クリスマス休暇はオーストリアにスキーに行く
と書かれていたのを思い出した。
おそらく二人は、一緒にクリスマス休暇を過ごしているにちがいない。
単なる友人としてスキーに出かけたのか、特別な日を二人で過ごすために
行ったのか、私にはわかりかねたが、知弘さんと静夏ちゃんの間に何かが
芽生え始めている、それだけは確かなようだ。
「帰らなきゃ。送ってくださるんでしょう?」
「どうするかな」
「じゃいいわ、宗はここでサンタクロースを待ってるのね。私は帰ります」
宗の腕につかまらないように、さっと身を翻しベッドから飛び出した。
ローブを羽織っていると、後ろでシーツのこすれる音がした。
「ここで待っててもサンタは来そうにない。送るよ」
追いかけるようにそばに来た宗は、私の手をとるとシャワーブースへと
歩きだした。
部屋の隅に飾られたスノーボールの灯りが、私たちを照らし壁に影を
作っている。
「殺風景な部屋も、らしくなったよ」
「来年は、もうひとつ飾りを増やしましょう」
「来年もまた、ここで過ごすつもりか?
俺はシャンタンのクリスマスディナーに未練があるね。
もう平岡になんか譲ってやるものか」
宗も私も、来年のクリスマスも一緒に過ごそうと、言葉にこそしなかったが
思いは同じだった。