夕暮れに差し掛かった空はオレンジに染まりかけていた。

窓から見える風景に目をやりながら、怒りでなくしてしまった言葉を探そうと

するが、込み上げる感情におされ言葉が上手く見つからない。

海外へ飛び立つ前の時間を過ごすための部屋は、快適でサービスが行き

届いており、これまで何度も利用してきた。

いつか珠貴と一緒に、この部屋でくつろぐこともあるのではないか、 

そんな穏やかな時間が、私たちにもくるのではないかと考えてもいた。

それなのに、穏やかとはかけ離れた感情を抱え、彼女とこの部屋にいる。

私の怒りを彼女が理解していないことが、さらに腹立たしかった。


事業を推し進める上で感情に左右されることは、何より避けるべきだといつも

肝に銘じている。

取引先にこちら側の条件を最大限に認めさせるため、相手に隙を与えず、 

かつスムーズに事を働きかけようとする冷静さが必要だが、今の私には

持てそうにない。

黙っているのが精一杯、感情のままに口を開こうものなら珠貴を罵倒して

しまそうだ。


どれくらい黙っていただろうか。

窓の外は暗いオレンジへと色が変わり、飛行機のライトが眩しく目に

入ってきた。

勢いよくブラインドを降ろした音に驚いたのか、珠貴の体がビクンと大きく

揺れた。



「どうして黙ってるの? 

話があると言ってたのに、そうやって黙っていられたら……」


「あれはどういう意味か教えてもらえないか。須藤さんが言ったことだ。

俺たちは期限付きの交際だって、そんな約束をした覚えはない」



あぁ……と、小さな声がした。

ようやく私の怒りの原因がわかったようだが、悪びれる様子もなく、

どちらかといえば呆れたような顔が見えた。



「そうね、約束はしてないわ。

でも、宗が言ったこと、そのときがきたら考えるって…… 

そういうことじゃないかしら。私はそのつもりだし、覚悟もしているわ」


「覚悟だって? どんな覚悟か教えてもらいたいね!」


「怒らないで……感情的になるのはやめましょう」



つい大きな声を出してしまった私をなだめ 「座って話しましょう」 と、

いつもと変わりなく落ち着いた顔の珠貴が椅子を勧めてきた。

言われるままに座り、テーブルに置かれたコーヒーに口をつけ、乾いた喉を

湿らせた。



「宗にも良いお話があるそうね。静夏ちゃんから聞いたの。

お母さまがあなたのお相手の方のお話をしていらしたって。 

だから、私も気持ちの整理をしようと思ったの」


「俺にもって、珠貴にもあるのか。聞いてない」


「えぇ、私も驚いているの。

まさか、父がそんなことを考えていたなんて……櫻井さんよ。 

一度立ち消えになった企画を 『サクライ』 と共同で立ち上げたの」


「櫻井か……ノーマークだったな。ヤツがでてくるとは迂闊だった」


「どういう意味? 何をマークしてたって」


「君から聞く話も含め、須藤孝一郎の娘にもたらされる縁談は、

すべて把握しているということだ」


「私の縁談のすべて……それは、私が知らないお話もあったということ、

そうなの?」


「あぁ、そうだ。情報が入った時点で、防げる相手には横槍を入れて

握りつぶしてきた」 



珠貴の顔が明らかに動揺し、口元に手をおいて、どうして……と言ったきり

声が途切れた。