本社ビルに向かうためオフィスを出たとたん秋風の冷たさに肌が粟立ち、
首にかけていたストールを肩まで広げた。
一つ目二つ目は難なく通り過ぎた信号機が、三つ目の交差点で点滅になり
足を止めた。
見上げると街路樹の葉は朱色に色付き、早い枝は冬の仕度を始めている。
オフィス街に点在するいくつかのショップは、いつのまにか別の名前になって
おり、それまでの厳つい構えの交番までもが瀟洒な建物に変わっている。
かつて毎朝通っていた道も、いつの間にか様変わりしていた。
10分ほど歩き一階のホールへと足を踏み入れたが、見慣れた風景と異なって
見え、ガラスに反射した光線のまぶしさに目を細めた。
配属が変わってからと言うもの、私が本社を訪ねるのはもっぱら夜で、
人気もまばらな時間帯でもあり,守衛横の通用口を利用することが多かった。
久しぶりに入ったからか、正面玄関の受付の女の子の顔ぶれも変わっており、
私の顔を見て怪訝そうにしていたが、来客役員専用のエレベーターに進もうと
した私の背に遠慮がちな声が掛けられた。
「申し訳ございませんが、そちらは……」
「あら、ごめんなさい。これでいいかしら?」
ポケットにしまい込んだIDカードを取り出し、彼女達に見えるように
ヒラヒラとかざした。
肩書きが見えたのか 「すみません」 と申し訳なさそうな声がしたため
「こちらこそごめんなさい」 と彼女達に顔を覚えてもらえるよう愛想よく
笑顔を向けた。
また歩き出しエレベーターのボタンを押すと、すぐにドアが開きそのまま
身を滑り込ませ、ドアを締めようとした私にまた声が掛けられた。
「そのエレベーター待って。僕も乗せてください」
「櫻井さん」
「あなたの顔を知らない社員がいるとは驚きだな……
久しぶりですね。元気でしたか」
「こんな時間に来ることは滅多にないので……
お久しぶりです。その節は失礼いたしました」
かつて私と縁談のあった人だった。
条件も申し分なく、私の気持ちひとつでまとまるかに見えた話だったが、
彼の会社に不都合が起こり私のと話は立ち消えになっていた。
一時は業績不振が伝えられるほどに陥ったと聞いていたが、経営陣の建て
直しが早く、めざましい回復を遂げていると聞いていた。
「どうして僕がここにいるのかって顔をしてますね」
「えっ、えぇ……」
「珠貴さんと進めていた企画があったでしょう。
社長のご好意でもう一度立ち上げたんですよ。
不正発覚なんて失態がありましたから、こちらとしてもリベンジです」
変わらぬ爽やかな顔だったが、以前に比べ精悍さが増しているようで、
目の奥に鋭さが加わり、彼の言うように失敗は許されないとの決意が見えた。
私とは何もなかったように事業についてのみ語り、
「これから度々こちらに伺うになると思います。
近いうちに一緒に食事でもしましょう」
こんな言葉を残して、櫻井さんは途中の階で降りていった。
彼がまた私と接点を持ちたいと思っているのは、別れ際に私の腕に置かれた
手と視線から充分に感じられた。