研究機関のあり方について議論中、ふいに隣りのテーブルからの声が耳に飛び

込んできた。

これは珠貴も同じだったようで、私に目配せして口を閉じた。



「……静夏さん、覚えていらっしゃる? 

この前、個展会場でご紹介したあの方」


「あぁ、覚えているよ。通訳をしていた人だね」


「彼女にも、ぜひ式に参列していただきたいの。

これからお願いしてみるつもりです。 

いつもは外国にいらっしゃるから、ご都合もあるでしょうけど」


「きっと出席してくれますよ。一緒にいた男性は彼なのかな。

親しそうだったけど、かなり年上に見えたね」


「どうかしら、お兄さまでなかったことは確かだけど、

崎本さんもお名前はご存知でしょう? 近衛さん……」



自分の名前がでたことで、向こう側に向けていた顔をさっと反転させ、

体ごと向きを変えた。

静夏の名前をこんなところで聞くとは思いもせず、身内の話題につい耳を

傾けてしまった。

それにしても、静夏が一緒にいた男性は誰だろう。

そればかりが気になって、目の前のメインディッシュが味わえなくなってきた。



「お兄さまとしては気になるわね。

静夏ちゃんと一緒にいた男性の存在は誰なのか。

あなたのそんな顔、初めてだわ」


「そりゃぁ気になるさ。いつもは離れているからね。

アイツがどんな男と付き合っているのか、そんなこと知りもしない」


「まぁ、素直だこと。ふふっ、きっと会場の関係者の方よ。

お兄さまが心配する相手じゃないわよ」



珠貴に笑われて、それ以上は口をつぐみ皿の肉に乱暴にソースを乗せ口に

運んだが、旨味を楽しむ気持ちはとうに失せていた。

かなり年上に見えた……との崎本氏の言葉に、私はある人物を思い浮かべて

いた。

彼と静夏とは、あまりにも歳が離れすぎていたが、もしかしてとの疑念は拭い

去れなかった。
 


食事が進み、楽しみにしていたデザートが運ばれてくると 

「わぁ……」 と珠貴は胸の前に手を合わせ 

「これがいただきたかったの」 と本当に嬉しそうな声で、運んできた

羽田さんも満足げだった。

デザートナイフを手に、ケーキの一片を切り分けると嬉々として口に運ぶ。

珠貴の食べる姿を見ているだけで、こちらも幸せな気分になってきた。



「満足そうだね」


「えぇ、満足よ。だって本当に美味しいんですもの」


「ほら、これもどうぞ。俺はいいから」


「宗も食べなきゃダメ。一緒に頂くから美味しいのよ。

美味しさも共有しましょう。ねっ」



差し出しかけた皿を押し戻されたため、私もフォークを持ちケーキの端を

口に入れた。

なるほど、珠貴が絶賛するだけのことはある。

いらないと言いながら、結局は皿を空にして、また珠貴に笑われた。



「宗と一緒にいろんなことを楽しみたいの。今の私の正直な気持ちよ」



珠貴の思いがこの言葉に凝縮されているのではないか。

そんな気がした。