「ようこそおいでくださいました」



慇懃な礼は変わらないが、羽田さんの顔が一瞬柔らかくなり、私たちを

好意的に見つめる表情を含んでいるのを見逃さなかった。 

私と珠貴の間にあった見えない壁が取り払われ、いままでとは違う雰囲気を

携えているのを、長年の経験から彼なりに感じ取ったようだが、

そこはベテランギャルソンの風格で、何も気付かない振りで流れるように

席へと案内してくれた。

一足先に入った先ほどの二人連れは、テーブルをひとつはさんだ隣りに座って

いた。

店内に流れるほどよい音量のBGMのため、彼らの会話ははっきりと聞こえては

こなかったが、楽しげな様子は顔の表情でわかるというもの。

興味本位でもないが、そばに来た羽田さんに目配せして 「あちらは?」 と

聞くともなしに伝えると 「崎本さまの……」 とだけ小声で答え、注文の

確認後、足音静かに立ち去った。

珠貴と顔を見合わせ 「あぁ、あの鉄鋼業の……」 と同じ言葉が重なった。



「初めてお会いになったお二人かと思っていたら、そうじゃなかったのね」


「違うのか? 会って間もないようにしか見えないが」 


「婚約なさったはずよ。確かそう聞いたけど」


「それにしては……初々しいというか、あれで結婚するのか。信じられないね」  


「そうね。でもお二人が良ければそれでいいんじゃないかしら。羨ましいわ」



羨ましいと口にした直後、珠貴は余計なことを言ってしまったと思ったのか、

視線をはずしていたが、新素材の開発が進んでいるんですってね、と話題を

変えてきた。

ウチの研究部門が昨日マスコミの取材を受け、メディアで広く紹介された

ことを聞いてきたのだ。

珠貴に言葉を返しながら、羨ましいと言わせてしまったことに心が痛んだ。



「大学の研究室との共同研究、どちらにもメリットがある。

特に費用に関して助かってるよ」


「そうでしょうね。

企業にとっては開発費、大学は研究費を潤沢に使えるわけじゃないもの。 

両者の利害が一致したってことね。

そういえば、ナガト産業のラインも大学との共同開発でしょう?」


「うん。ナガトは規模は小さいが、世界的シェアは8割を超えている。

これからの成長株だよ」



食品パッケージの企業のことにまで目が届いているのかと、珠貴らしい視点に

感心しながら、手応えのある会話を楽しんだ。