心ゆくまで楽しんでいる……彼女の顔がそういっていた。

あるときを境に、珠貴から余裕がうかがえるようになった。

二人だけの時間は短く、欲望のままに求め合った体が満足し、

それぞれの肌を離れシーツに沈むと、どちらからともなく手を伸ばし、

離れがたい思いから手を繋いで余韻を伝え合う。

次は会えないかもしれない……

そんな悲壮感も持ち合わせながら、抑えられない感情をぶつけ合い、

慌しい時を過ごしてきた。 


それが変化してきたのは……

そうだ、静夏と三人で会った夜からだ。

朝まで一緒に過ごそうと言い出したのにも驚いたが、珠貴の甘えるような顔を

目にしたのも初めてだった。

挑むような姿勢はなく、私にすべてを委ねながらも、自らを高みに導きながら

ともに上りつめる。 

満足した顔が私を見つめ、良かったわと頬をなぞる手の艶に、思わず彼女の

体を引寄せた。



「楽しそうだね」


「えぇ、そうよ。せっかく会えたんですもの、この時間を大事にしたいの」



甘えるように私の首に腕を回し、体をピタリと添わせてきた。

どんな心境の変化かと聞いてみたい気もしたが、無粋な問いはやめ珠貴の腰に

手を回した。

   


何かが変わったと感じられるのは、ベッドの中だけではなかった。

いかなるときも、珠貴にはどこかに用心深さを残した部分があったのに、

それが消えていた。

食事に誘って嫌だと断られることはなかったが 

”ありがとうございます。でもいいの?” 

と一度は遠慮していたのが、

”えぇ、いいわ。行きましょう” と即答となった。

久しく遠のいていた 『シャンタン』 へ誘ったときも、満面の笑みで 

「Yes」 の返事がすぐに返ってきた。




一時足繁く通った 『シャンタン』 への専用エレベーター前には先客が

二人いた。

あとからきた我々に軽く会釈をした二人は、男性は同じような世代かと

思われるが、女性は少し下だろうか。 

私には見覚えのない顔だったが、こちらは知らなくても向こうはこちらを

知っている可能性がある。

取り立てて隠す必要はないが、かといって珠貴との交際を悟られ勘ぐられる

のも面倒だと思い、いつもより彼女と距離をおいてエレベーターに乗り込んだ。


女性の方は初めてなのか、シースルーエレベーターの眺めに感嘆の声を

あげている。

「ここから見える夜景は綺麗でしょう」 との男性の言葉に 

「そうですね」 と控えめな感想を述べたところから察するに、この二人は

それほど親密ではないと思われた。

男性が遠慮がちに寄り添って、眼下に広がるビルの説明をはじめ、女性は

その言葉に素直に頷いている。

交際が始まったばかりなのか、それとも今日が初めての出会いなのかといった、

そんな二人だった。

ぎこちないが微笑ましい二人を見ていると、後ろに組んでいた私の手の中に、

細く長い指が滑り込んできた。

前方に立つ二人に見えないように、珠貴が私の横に肩を並べながら手を

絡ませてきたのだった。

「シーッ」 と口真似をして指を立て、悪戯っぽい目が笑っている。

エレベーターが上昇する間、後ろ手で指を絡ませたり握りこんだりと、

私と珠貴の手は見えない愛撫を楽しんだ。

それはスリリングなひと時で、この先に訪れる時間の準備でもあった。