静夏ちゃんを見送って席に戻ると、彼はティーカップを飲み干すところだった。

美味しかったと顔が語っている。



「一息ついたよ。今夜の相手は滅法酒が強くてね。

こっちは薄いウィスキーを片手に何とかやり過ごして……はぁ、疲れた」


「それは大変だったわね」


「酒好きは、誰もがみなそうだと思っているだろう? 

グラスの中身が減ると、さっと注ぎ足す。

こっちは迷惑だってのに、飲め飲めとうるさくて……」



今夜の接待の苦労話が、身振りを交え少しおおげさに続いていた。

酒の席が苦手だと聞かされたのは、宗一郎さんと会って間もなくの頃だった。

秘密を知る人は少ない、君は秘密を知っている少ない人だから口封じが

必要だな、と意地悪く口元を緩ませた宗一郎さんの顔を思い出していた。

あの頃から私に心を開いてくれていたのだろう。

私のどんなところを気に入ってくれたのか、まだ聞いた事はなかったが、

彼は私への好意を隠すことなく接してくる。


”いつか そのときがきたら……”


宗一郎さんの言葉を何度も繰り返し考えてきた。

けれど、もう気にするのはやめよう。

いつかなんて、私にも宗一郎さんにもわからないのだから。

意地など張らず、会いたいときは会いたいと伝え、触れて欲しいときは素直な

感情を示せばいいこと。

宗一郎さんが私に示してくれる気持ちをそのまま受け止め、彼の優しさを

感じていこうと決めた。



「こんな時間か……あまり話しもできなかったが、

珠貴の顔が見られたからいいか。遅くなったね。送るよ」


「帰るのはもう少しあとでもいいの。明日の朝まで大丈夫だから……

でも、夜明け前に帰りたいから、早いけど送ってもらえるかしら」


「送るのはかまわないが、いいのか? そんなことして」


「えぇ、いいの。私がそうしたいから」


「急にどうしたんだ。何かあったのか?」


「何もないわ。そろそろ出ましょうか」



先に席を立ち、宗一郎さんの手をとり立ち上がらせると、彼の左腕にしっかり

腕を絡ませた。 

”そのとき” まで彼のそばにいよう。

気持ちのままに触れて、思ったままを話して、自分を偽ることなく振舞って

みるのもいいかもしれない。

夜の雑踏を歩きながら、煌びやかな街の美しさに目を奪われ、明かりに照らし

出されたビルの広告はなんてスタイリッシュなんだろうと気がついた。



「上ばかり見ているとつまづくよ。ほら、危ないじゃないか」



小さな段差に踵をとられ、転びかけた体を支えられた。

しっかりつかまって、と腕を差し出された。

心のブレーキを取り払ったことで、足取りも軽くなっている自分に気がつき、

恥ずかしさを隠すように宗一郎さんの腕にもたれかかると、素早く首を傾げ

私の唇に触れてきた。

軽く触れただけなのに、彼のキスは私の心を瞬時に満たした。


誰かの腕にすがって歩く心地良さに、忘れていた恋愛の甘美さを思い出し、 

もっと遠くの記憶にあった甘酸っぱさまで蘇ってきた。

急に甘えたら、彼はどんな顔をするだろう。

宗一郎さんの横顔を見上げながら、自由になった私の心を彼にどう伝え

ようかと、私はあれこれと考え始めた。